Archive for the ‘社会保障’ Category

2019/09/28【最低賃金アップが所得増に繋がらない理由】

10月1日は、「消費税が上がる日」ですが、多くの地域で「最低賃金も上がる日」です。

今年度は、全国平均で時給901円となり、昨年度と比べ27円のアップとなります。

一見、労働者にとって喜ばしいことと思われていますが、パート労働者にとっては必ずしも給与のアップに繋がらない実状があります。

なぜならば、いわゆる「130万円の壁」があるからです。

「130万円の壁」とは、パート労働者であっても、年間給与が130万円以上になると一気に20万円以上もの社会保険料を払わなければならなくなり、手取りが大きく減るので、130万円を超えないように仕事を制限せざるを得ないことを言います。
 

もちろん、130万円に満たないパート労働者などには賃金アップの恩恵があるでしょうが、多くのパート労働者が、給与が130万円を超えないギリギリの水準でコントロールしている中では、賃金が上昇した分、労働時間を減らさざるを得ないので、必ずしも収入増につながる訳ではありません。
 

一方、経営者にとっても、年末の繁忙期にパート労働者が減るので売り上げの損失にもなりかねません。

また、最低賃金を上げることで経費が増える為、体力の無い企業は雇用そのものを減らさざるを得なくなる可能性もあります。

このように、最低賃金のアップが、一部労働者の所得向上に繋がっていない上に、企業経営を圧迫したり、失業を増加させたりする懸念もあるのです。

そろそろ、社会保険制度の見直しとともに、最低賃金法の存在意義そのものが問われているのではないでしょうか。

2019/08/27【年金財政検証は問題の先送りでは】

 公的年金の財政検証の結果が公表されました。

 その中で、経済が順調に成長すれば現在の給付水準を維持できるとする一方で、経済がマイナス成長なら給付水準は落ち込むという、ある意味、当たり前の試算が示されました。

 別の見方をすれば、現在の年金制度は、「多少の給付水準の減額はあるものの持続可能なので安心してほしい」ということを国民に示したいように見えます。
 

 確かに、現在の年金制度は今すぐ破綻する訳ではないのかもしれません。

 しかし、少ない現役世代で、多くの高齢者を支えるという現状を根本的に変えない限り、遅かれ早かれ破綻は訪れるので、今回の検証結果は問題を先送りすることを示したに過ぎません。

 今後、年金保険料を値上げしたり、支給開始年齢を引き上げたり、あるいは支給額が減額されたりするようなことが繰り返されるのであれば、やはり、公的年金制度の破綻処理を視野に入れて検討しなければならないと考えます。

 その上で、積み立て方式の年金制度を導入するなど、抜本的改革が必要に思えます。

2019/08/05【障害者支援制度の議論には霊的人生観が不可欠】

 先の参院選で重度の障害を持つ国会議員2人が誕生したことを受けて、障害者支援制度の在り方についての議論が活発になっています。

 参議院議員には年間2千万円以上の歳費が支払われますが、現行の制度では、高額の収入があれば公的な介護サービスを利用できなくなる場合があるからです。

 今回の国会議員に限らず、障害や難病を患ってしまった方は、精神的にも物質的も大変な苦労を強いられますし、その苦労はご家族にまで及びます。

 ですから、経済的な負担を少しでも減らすことは政府の役割として理解できる面はあります。
 

 一方で、難病患者や障害者を救うべき哀れな存在として一律にレッテルを貼ることに違和感を覚える難病患者ご本人やその家族の方がいらっしゃることも事実です。

 家族に難病患者を持つある経営者の方は、「自分は経済的に余裕があるので、介護サービスを受けるにあたって自己負担が多くても当たり前だ」と話されていました。

 国の財政赤字の問題もありますし、「自分の家族の面倒は自分でみる」とのお考えがあるからです。

 大切なのは、自分らしく生きるにはどうあるべきかという観点で制度設計をすべきではないでしょうか。

 たとえ高額な収入があったとしても、世の中に貢献するような生き方ができれば、公費負担があっても批判は出ないはずです。

 また、難病患者や障害者であっても、助けられる側から助ける側に転換できたり、他の人に勇気を与えるような生き方ができたりしたならば、その人やそのご家族にとって魂の大いなる学びや飛躍の機会となります。

 全ての人が人生の目的と使命を持って生まれてきます。

 
 今回の議論には、人生を魂の観点から考える「霊的人生観」が不可欠です。

2019/07/18【自助と家族の支え合いで老後の不安を解消】

 今回の参院選で、野党は与党を批判できる唯一の争点として、年金問題をクローズアップしています。

 「掛け金を払った分だけ本当に年金が返ってくるのか」という声の奥には、当然、老後の不安があります。

 その不安に対して、与党も野党も「国が面倒を見るべきだ」という考えから離れられず、どちらが手厚くばら撒くかを競い合っているように見えます。

 国民の不安を解消するために政治が役割を果たすことは当然のことです。

 しかし、どの政党も「老後の面倒はまずは家族あるいは親族が看る」という前提を忘れているように見えて仕方がありません。

 「そんなことを主張したら票にならない」と思って、あえて無視しているのかもしれませんが、その前提を踏まえた上で、政策を語っているのか否かで、社会保障の内容は変わってきます。

 つまり、家族の絆や結び付きが強固であれば、将来への不安は和らぐという考えがあるかということです。

 そのために、家族の結び付きを強めるための制度改正を行うべきです。

 具体的には、相続税や贈与税の廃止、遺留分制度も廃止し、親の老後の面倒を看る子供にメリットを持たせるべきです。

 更に、多世代同居や近居世帯に対する減税を実施も検討してはどうでしょうか。

 その上で、身寄りが無いなど、様々な事情を抱えた方もおられますので、そうした方へのセイフティーネットとして国が役割を果たすべきであると考えます。

 社会保障制度が充実している北欧などでは、親子の絆が薄まり問題となっていることからも分かるように、何事も国に頼るのは、必ずしも国民全体の幸福に繋がる訳ではありません。

 また、自助の精神を忘れた国は発展も期待できません。

 幸福実現党は、自助と家族の支え合いによる老後の幸福を目指しています。

 この方向性を支える政治が、国を繁栄させ、明るい未来を拓いていくと考えます。

2019/07/08【年金について議論する前提として必要なこと】

 参院選の選挙戦が活発化し、各党の党首が舌戦を繰り広げています。

 この中で、有権者の関心が高い年金についても取り上げられていますが、各党は主張が異なるように見えるものの、与野党ともに基本的には「現在の制度を土台としてどのように変えていくか」というスタンスのようです。
 

 日本で現在の年金制度が始まって50年以上が経ち、その間に日本国民が支払ってきた年金掛け金は1千兆円とも言われています。

 現在、年金基金には約200兆円が残っているので、800兆円が年金と支払われてきた計算になります。
 

 しかし、基金を運用して損失を出すなどして、実際に国民に年金として支払われた額は、それよりも遥かに少ないとの指摘もあります。
 

 ですから、まずは今まで年金掛け金として国民からいくら徴収し、徴収した資金を何に使ったのか詳細な内訳を明らかにする必要があります。

 各種公団に投資されたという話もありますが、その投資先でどのように運用されたのか、もう一度、はっきりさせるべきではないでしょうか。
 

 その上で、掛け金を支払う現役世代よりも、年金をもらう世代の方が多く、制度として破綻している現在の年金制度を、どうすべきか議論するのが筋と考えます。

 

 この年金問題をどう解決していくべきなのか、そのヒントとして、幸福実現党の比例区から立候補している及川幸久(おいかわゆきひさ)候補の街頭演説がたいへん分かり易く納得がいく内容ですので是非ご覧頂きたいと思います(※)。

 ※:「チェンジジャパン幸福実現TV」 https://www.youtube.com/channel/UC4BAIGs_Q97zgbgR0noqicw

2019/07/03【「自助努力の精神」は国を繁栄させる条件】

 年金にまつわる、いわゆる「2000万円報告書」を取りまとめた金融庁の担当局長が、定年を理由に退任しました。

 局長クラスは、定年を延長するケースもあることから、「事実上の更迭」との見方もあります。
 

 老後、年金だけでは2000万円不足すると想定し、不足分は自助努力などで補うことを促したこの報告書は、政府の方針に反するとされ受理されませんでした。
 

 この「自助努力」については、野党などが「自助努力=弱者切り捨て」だとして批判を強めており、本来は保守政党であるはずの自民もこの批判に同調するかのように「自助努力」という言葉の使用に及び腰になっています。

 まるで「自助努力」を否定する共産主義であるかのようです。
 

 しかし、将来の自分の生活を保障するために、現役の期間から自助努力をすることは、当たり前の事であるはずです。

 しかも、「自助努力=弱者切り捨て」ではありません。

 なぜならば、本来、自助努力をしたくてもできない方々の為に、社会保障制度があるからです。
 

 もしも、自助努力をできる人が、それをしないで国に頼るようになれば、本人の成長や向上に繋がりませんし、そうした人が増えれば国そのものの衰退に繋がってしまいます。
 

 そもそも、「自助努力の精神」とは、老後の生活だけに使われる言葉ではなく、人生の様々な場面で不可欠なのですから、肯定して当然です。

 その上で、老後の生活でお金に困らないようにするために、昔から言われているように、まずは勤倹貯蓄や家族の絆を大切にすることも再認識するべきではないでしょうか。

2019/06/20【年金制度問題の本質的な議論を望む】

 党首討論が行われ、年金2000万円報告書も取り上げられました。

 野党の各党首は、「老後に年金の他に2000万円が必要と言われ、国民は怒っている」などと批判しましたが、安倍首相は報告書の内容は政府のスタンスとは違うとし、年金問題の本質的な議論から逃げているといった印象でした。

 本来であれば、政府は報告書を作成した金融庁の委員会に対し、「忌憚のない意見を頂戴したい」としていたはずなので、どんな報告書であろうと受けた取った上で議論すべきものです。

 それをしないのであれば、年金問題に限らず、政府に都合の悪い報告は受け取らないという印象を与えるものです。
 

 一方の野党も、各省庁からの報告書は、政府の政策を補強する内容のものが多いこともあって、普段は疑ってかかっています。

 しかし、今回の報告書については、2000万円不足するという試算を正しいものとの前程で議論に臨んでいるように見えます。

 こちらにも、「自らに都合の悪いものは疑い、自らに都合のいいものは信じる」という姿勢が垣間見られます。

 

 現在の年金制度は、自民党が中心的に作り上げてきたものですし、民主党政権時代にも複数の年金関連の法律を制定したので、立民党や国民党に所属する議員も関わって作り上げてきたものと言えます。
 

 こうしたことから、今の与野党に持続可能な年金制度の議論が本当にできるのか疑問を感じます。

2019/06/09【「自助努力」の意味】

 老後に年金の他に2千万円を蓄える自助努力が必要とする金融庁の審議会の指針が波紋を呼んでいます。

 政府は誤解を招き表現が不適切だったとしていますが、野党などからは「政府が自助努力を促すのは公的な責任を放棄している」などと批判が上がっています。
 

 不足分を補うには、現役時に資産形成をする他に、年金額を上げる、税金を下げる、生涯現役で働き続けられるようにするなどが考えられます。
 

 この内、生涯現役と資産形成の部分は自助努力に相当し、左翼的な考え方からすると好ましくないと批判されているようです。

 
 その理由は「自助努力」という言葉を「弱者切り捨て」と同義にとらえているからのようです。

 

 しかし、本来は自助努力をすることは生きていく上で当然必要な精神であって、批判されるべき言葉ではありません。

 もちろん、努力の結果がどのように現われるかには人によって違いがありますし、事態によっては政府がセイフティーネットを提供しなくてはならないこともあります。

 但し、政府が一律に面倒をみることが当たり前になると、社会から活力が失われ、貧しさの平等が広がることになります。
 

 
 また、平均寿命が伸びる中では、年金制度の抜本的な見直しを避けて通れません。

 その見直しの中で、自助努力を否定し何もかもを政府に委ねるということは、自由を制限されるということでもあります。

 今回の件で「自助努力」という表現を用いたことが適切とは思いませんが、政府は「自助努力」ができるような環境を整えることや、チャンスを提供するような社会を目指すべきと考えます。

2019/04/17【介護の人手不足の解決策はペーパーレス化だけではない】

 介護分野は人手不足が深刻な業種の1つです。

 必要な職員の人数を確保できないために、受け入れ人数を制限したり、土日の受け入れを取り止めたりする介護施設が相次いでいるとも聞きます。

 こうした中、自民党の議員らが介護現場の事態を把握するため視察を行ったのとのことです。

 視察の結果、職員の負担を軽減するため、自治体への提出書類の簡素化やペーパーレス化の促進を目指すということになったようです(※)。
 

 確かに介護現場では、行った内容を細かく記録に残すことになっており、業務時間の内、少なくない時間を記録の作成に費やさざるを得ないため、介護職員の負担になっていることは事実です。

 しかも、書類作成業務が本来の介護時間を圧迫しているのであれば、介護サービスを受ける側にとっても不利益となります。

 ですから、書類作成業務が少しでも軽減できれば、職員の負担が減ることは事実ですし、介護サービス自体の向上にも資するかもしれません。

 しかし、自治体へ提出する書類が減ったところで、介護現場での人手不足がどれだけ解消するのか疑問です。

 やはり、もっと抜本的な対策が必要ではないでしょうか。

 日本の介護サービスは、要介護者本人やその家族が望めば、支援する機関が対応に当たってくれるので、非常にありがたい制度です。

 介護は、とても苦労の多い行為ですから、本人や家族の負担を減らすために積極的に利用しても構わないと思います。
 

 ただ、現行の制度では、公的な介護サービスに極力頼らずに、家族が苦労して介護しても、本人やその家族にはほとんどインセンティブがありません。

 もちろん、介護サービスを利用するかしないかは、それぞれ個人の事情があると思うので、一律に制限を設ける必要は無いと思いますが、公的なサービスに頼らずに努力している人には何らかのインセンティブを働かせるのも1つの方法ではないでしょうか。

 多世代同居や近居も、介護負担を減らす一つの解決法となり得ますし、そうした家庭の住民税等を減税するのも手段の1つかもしれません。

 また、移民による介護人材確保も喫緊の課題です。

 こうした柔軟な発想で、介護制度の抜本的な見直しを図らなければ、人手不足だけでなく、社会保障費全体の増大に対しても対応できないのではないでしょうか。

 ※:4月15日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20190415/k10011884931000.html

2018/11/23【休暇を増やすだけでは富は増えない】

 働き方改革関連法により、来年4月から有給休暇の取得が義務化されます。

 具体的には、6年半以上継続して働いている一般の労働者には、労働基準法により年20日の有給休暇を与えることになっています。

 今までは、有給休暇を消化しなくても罰則はありませんでしたが、4月からその内の5日は必ず消化しなければ会社が罰せられます。
 

 年20日の有給があれば、そのうち5日の消化なんて当然のように思いますが、職場によってはそうでもないようです。

 サポート体制が整っていない職場は有給を取れるよう環境を変えなければならないのは当然なのですが、企業体力の無い中小零細企業は有給取得の義務化で頭を抱えている経営者が少なからずいると聞きます。

 
 
 特に、小規模な製造業は、従業員の稼働日数が売り上げに直結することはよくあります。

 従業員全員が5日の有給を取得すれば、5日分の売り上げが減ります。

 有給を取らずに操業するということは、従業員の善意に支えられているともいえますが、働き方改革を推進しなければならないにせよ、こうした現実もあります。
 

 大企業と零細企業では、企業体力に大きな開きがあることは往々にしてあります。

 また、知識集約型の産業と、そうではない産業とでも、労働時間の使い方には差があります。

 こうした実情を無視して、一律に法律で定めることに疑問を感じる経営者は多いのではないでしょうか。

 政府は、来年のゴールデンウィークの休日を増やして10連休にするとのことです。

 また、去年から月1回の金曜日を早退日とすることを推奨しています。

 日本の休日は既に米国を上回っています。
 

 今の日本は、政府が率先して「そんなに働くな」と言っているようなものですが、これが日本の将来にとって本当にいいことなのでしょうか。

 
 休日を増やすことが労働者にとっては朗報との考えがあるのかもしれませんが、その分だけ業績を上げる努力をしなければ、企業が倒産し仕事そのものが無くなる可能性もあることを頭においておかなければならないと思います。

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