米国では中絶が世論を二分する政治問題となっています。

 中絶に否定的な人は、胎児の生命が大切であると訴えています。

 一方、中絶を容認する人は、母親の選択の自由こそが大切であると訴えています。
 

 医学的に母体の生命が危険にさらされる場合など、やむを得ない事情は酌む必要があるとの考えがあるものの、中絶に否定的な人の中には、犯罪性のある妊娠の中絶も認めないとの考え方もあり、議論を難しくしています。

 また、中絶も女性の選択の自由の一つであるとの考えは、米国のリベラルな気風の中で、女性の基本的な人権の一つであるとの認識があるようです。

 ただ、どちらの側も見過ごしている、あるいは考えが至っていないものに、「胎児の人権」という考え方があります。

 もともと、基本的人権という考え方は、良心・信教の自由を求める運動から出てきたものであり、「人間は神の子である」という宗教的な価値観を前提としてこそ成り立つものです。

 全ての人間は神の子であるからこそ尊いのであり、無神論や唯物論的な価値観からは人間の尊厳は生まれてきません。
 

 そして、霊的にいえば、全ての人間には魂が宿っています。

 これは胎児も同様であり、妊娠9週目あたりに胎児の肉体に魂が宿るというのが霊的な真実です。

 ですから、中絶を議論するうえで宗教的な知見は欠かせないものなのです。

 日本でも、公式には年間十数万件の中絶が行われていますが、実際の件数はこの数倍に上ると考えられています。

 魂の観点からも中絶を考えていかなければならないのではないでしょうか。


↓「高木よし!」と思ってくださる方は、応援のクリック★お願いします!!!
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ