Archive for the ‘歴史認識’ Category

2018/11/01【この機会に河野・村山談話の撤回を】

 韓国の最高裁判所が、太平洋戦争中の徴用工問題で日本企業に賠償を命じる判決を下しました。

 徴用工問題は、1965年の日韓国交正常化交渉の過程で最終的に解決したことを日韓両政府の間で確認しているにもかかわらず、こうした判決が下りたことで、韓国の司法には国際法が通用しないということが露呈しました。

 「外交交渉は国と国の取り決めだから、個人は別だ」という今回の判断がまかり通れば、今後、韓国政府との外交交渉は意味をなさないということになります。

 ただ、韓国の司法判断には世論が影響するということを踏まえれば、今回の判決はある程度予想できるものでした。
 

 戦前戦中、朝鮮半島が日本の統治下であったことに不満を持つ韓国の世論があることは事実ですが、そうした世論を焚き付ける一因が日本側にもあったのではないでしょうか。

 それは、日韓国交正常化交渉が終わった以降も、日本の時の政権が、歴史的事実に基づかない謝罪を繰り返したことです。

 1993年の河野談話しかり、1995年の村山談話しかり、2010年の菅談話しかり、そして、2015年の安倍談話しかりです。

 日本は相手に良かれと思って謝り続けてきたのかもしれませんが、実際は、要求すれば謝る国という印象を与え、相手の増長を招いただけだったのではないでしょうか。
 

 政府は、この機会にこれらの政府談話を撤回するべきだと思います。

 【参考】:大川談話-私案-http://special.hr-party.jp/policy2013/okawa-danwa/

2018/09/25【自虐史観を脱すべき時】

 幸福実現党は、カナダ大使などに対し、「南京大虐殺記念日」の制定を行わないよう申し入れました(※)。

 カナダでは中国移民の増加により、カナダ州連邦議会で中国系議員の発言力が増していますが、議会で南京大虐殺記念日を制定する動きが強まっています。

 しかし、中国政府が喧伝する「南京大虐殺」なるものは、様々な証拠から存在しなかったことが明らかになっています。

 にもかかわらず、このままではユネスコの記憶遺産と同様に、南京大虐殺が既成事実化されてしまいかねません。
 

 こうした動きに対し日本政府は遺憾を表明しているものの、強い抗議を行っていません。

 また、与野党からも表立った批判や中止を求める動きもありません。

 それどころか、これまでに首相経験者が中国の南京大虐殺を宣伝する施設を訪問したり、かつては河野談話など南京大虐殺を暗に認めるような談話を発表したりするなどして、中国による歴史捏造の動きを後押しするかのような言動が目立ちます。

 
 先の大戦で中国大陸では、中国国民党の残党が一般市民に紛れて戦闘を続けるなどしたことにより、一般市民が少なからず犠牲になったことは事実ですが、そのことを以って、日本は如何なる批判も受け入れるべきということにはつながりません。

 歴史的事実は事実として残すべきであり、歴史を歪曲する行為に対しては毅然と反対すべきです。
 

 幸福実現党の今回の申し入れは、歴史的事実を歪曲する中国の動きを詳らかにするとともに、過去の日本を貶める行為を抑止するものです。

 日本を守る本当のサムライ精神を持った政党は幸福実現党だけではないでしょうか。

※:幸福実現党活動情報https://info.hr-party.jp/2018/7260/

2018/08/15【日本の指導者であれば堂々と靖国神社参拝を】

 8月15日は73回目の終戦の日です。

 
 毎年、この日に政府閣僚が靖国神社を参拝するかどうかということが注目されます。
 

 国のために殉じた御霊が祀られている施設に、その国の政治指導者が参拝するということは、どの国でも行われている至極当然な行為なのですが、靖国神社への参拝を中韓などは激しく批判します。
 

 
 その理由は、東京裁判のA級戦犯が合祀されているからということです。

 A級戦犯は先の大戦の主犯であり、平和に対する罪を犯した大犯罪者であると位置づけているからでしょう。
 

 しかし、「平和に対する罪」という犯罪は、太平洋戦争開戦以前には、明確には存在していないものでした。

 ですから、東京裁判による平和に対する罪は、事後法によって裁かれたものであり、おおよそ正当な裁判の常識からはかけ離れたものなのです。
 

 しかも、東京裁判は、被告人である日本の軍事指導者に反論や弁護の機会が与えられず、連合国側が一方的に裁いたものでした。

 これも正当な裁判の常識からかけ離れたものと言えます。
 

 更には、例え東京裁判を受け入れたとしても、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効後、日本では戦犯釈放を求める国会決議が4回も行われたことから分かる通り、戦犯の名誉は法的に回復されているのです。
 

 ですから、靖国神社参拝への批判は、国策に殉じた英霊に対する慰霊の行為を、政治的に利用しているように思えます。

 
 安倍首相をはじめ、日本政府の閣僚には、日本の指導者として、是非、終戦の日に靖国神社に参拝して頂きたいと考えます。

2018/08/14【語り継ぐべき戦時の記憶】

 先の大戦の末期には、日本本土は米軍の猛烈な空襲にさらされました。

 来襲する米軍機に対する迎撃は、陸海軍の航空隊が主体となりましたが、その他にも、国土と国民を守るために、多くの人々の行動がありました。
 

 その中で、あまり知られていませんが、陸軍徴用船「宇品丸」があります。
 

 米軍は、1945年の7月に入ると、日本本土上空の制空権をほぼ掌握し、爆撃機だけでなく、より小型の戦闘機をもって地上を攻撃するようになりました。

 米軍爆撃機による攻撃は絨毯爆撃と言われました。

 戦闘機による攻撃も目視の範囲で選択的に攻撃できるにもかかわらず、まさに‟絨毯”のように面的に行われ、軍事目標も民間人も区別なく「動くものなら何でも撃つ」と言われるくらいに、無差別に攻撃したとされます。

 実際、子供や女性が戦闘機の犠牲になった例は数知れません。

 

 そうした中、8月10日、新潟市も米軍の艦上戦闘機による空襲を受けました。

 当時、触雷により新潟港内で擱座していた宇品丸は、果敢に機関砲等で応戦しました。

 この空襲に対する日本側の有効な応戦は、動けない宇品丸だけだったとされ、米軍機の攻撃も宇品丸に集中しました。

 宇品丸は敵を1機撃墜したとされますが、自らも19人の犠牲者を出し炎上しました。
 

 もともと貨物船だった宇品丸は、防弾や被弾後の被害拡大防止処置も十分に施されていなかったでしょうし、武装していたとはいえ動けない船は、戦闘機にとって文字通り「鴨」といえるような存在でした。
 

 しかし、宇品丸が米軍機の攻撃を引き付けたために、新潟市民に大きな被害は出なかったとされます。

 身を賭して戦った宇品丸の乗組員や兵員に敬意と感謝の気持ちを表したいと思います。
 

 こうした、勇敢にも国民を守るために各地で行われた大小様々な戦闘の記録も、記憶に留め語り継いでいく必要があるのではないでしょうか。

2018/08/12【自虐史観を払拭すべき理由】

 終戦記念日が近づくと、毎年、先の戦争を振り返る放送番組や新聞記事を目にする機会が増えます。

 そうした番組や記事の多くは、如何に国民が苦労を強いられたか、如何に無謀で愚かな戦いだったか、という視点で作られているように感じられます。

 確かに、そうした番組や記事を通して反省点を見出し教訓とすることは必要であり、二度と悲惨な戦争を繰り返さないという決意につながることも事実です。
 

 ただ、先の戦争は、結果的に多くの犠牲を出して日本が敗戦しましたが、個々の戦闘では、日本が負けた要因がいくつもある一方で、日本が勝った要因も数多くあります。

 そこには多くの日本人が、英知を絞って死力を尽くし、国や国民、そして仲間のために身を挺して戦ったという事実があるのです。

 その結果として、さらに多くの犠牲が予想された本土決戦を抑止しするとともに、戦後にアジア諸国が欧米列強の植民地から脱することなどにつながったのです。

 そうした事実からは、尊敬に値する多くの日本人の姿が浮かび上がります。

 決して、戦争を賛美する訳ではありませんが、当時の日本人全てが愚かだったというわけではないのです。
 

 日本では、愛国心というとネガティブなイメージで語られることが多いのですが、世界に目を向けてれば、愛国心を否定する国はほとんどありません。

 健全な愛国心は国を形作り、発展させ、守るために必要なのです。
 

 ですから、先の大戦を振り返るにあたり、悲惨さや可哀そうということだけに焦点を当てたのでは、事実の全てに目を向けたことにもなりませんし、国を愛する気持ちも湧いてこないのではないでしょうか。

 ですから、いわゆる自虐史観を払拭するために、先の大戦で日本と日本人が果たした功績、それに戦った人々の生き様といったものにも目を向けるべきではないでしょうか。

2018/07/31【自衛艦の艦名に込められた思い】

 海上自衛隊の7番目のイージス艦「まや」が進水しました。

 戦闘システムの高度化と共に、電気とガスタービンのいわばハイブリット推進システムを装備した同艦は、今後、日本の防衛に大いに寄与することになるはずです。
 

 護衛艦の艦名は、旧日本海軍に在籍した艦名を引き継ぐ例が多くあります。

 今回の「まや」は、旧日本海軍の重巡洋艦「摩耶」に由来しますし、他の6隻のイージス艦の艦名も旧日本海軍の戦艦や重巡洋艦に由来しています。
 

 こうした命名方法に対し、軍国主義だった旧日本海軍を想起させるとして批判する声があります。

 確かに、先の大戦では旧日本海軍も多くの戦死者を出したのは事実であり、関係者にとっては辛い思い出という人もいることと思います。
 

 しかし、先の大戦で亡くなった英霊は、軍国主義の犠牲者として無駄死にした訳ではありません。

 数多くの英霊の尊い犠牲により、今の平和で繁栄した日本があるということを忘れてはならないのです。
 

 先の大戦では、旧日本海軍の多くの艦艇が傷つき戦没しました。

 そうした艦艇1隻1隻に物語があり筆舌に尽くし難い人間模様があったのです。

 ですから、そうした1隻1隻の歴史を忘れないために、現代の自衛艦が艦名を引き継ぐことには意味があると考えます。
 

 教訓とすべきことや反省すべきことはあるでしょうが、旧日本軍的なものは全て悪などと言うことはありません。

 もちろん、戦争を賛美することには反対ですが、戦後のアジア全体の植民地からの解放と地位向上に日本が寄与したことは否定できないのです。

 先の大戦で日本が果たした役割を客観的に見直すことが、いわゆる自虐史観の払拭に繋がるのではないでしょうか。

2018/02/12【日本の歴史の起源は独自のもの】

 2月11日は建国記念の日でした。

 2千6百年以上前に、初代天皇である神武天皇が即位したことを記念する日であり、その日以降、万世一系の天皇のもとで日本国の歴史が連綿と綴られてきました。

 しかし、最近では、神武天皇が即位した年代を検証できないことなどから、神武天皇の存在そのものを疑う向きもあります。

 科学的な証拠を至上とする現代学問の弊害とも言えますが、このままでは、検証可能な物的証拠が存在する年代が日本建国の年となってしまいます。

 そして、この傾向が行き過ぎれば、遠い将来、当時の様子が記録されたデジタルデータが生まれた昭和が、日本建国の年とされてしまいかねません。
 

 しかし、人間の口頭による伝承も歴史記録として侮ることはできません。

 神武天皇だけでなく、その前の神代の時代も含めた天照大神なども伝承では極めて人間的で詳細な描写があり、モデルとなった人物が実在したと考える方が自然です。
 

 実際、日本における考古学上の発見からも、日本が2千年以上前から文明が存在していたことを示唆しています。

 また、現代の歴史は、日本やその周辺の地理が現代とほぼ変わらないことを前提に構築されていますが、その常識を打ち破る説を唱える研究者もいます。
 

 日本の歴史は、中国大陸の影響により開花したかのような言われ方をすることがありますが、日本の歴史は、地理的な関係から中国大陸の影響を受けたことは確かであるものの、日本の歴史の長さを踏まえると、その根底に流れるものは中国文明以外のものである可能性が高いと言えるのではないでしょうか。
 

 日本の歴史に関して、中国の歴史とその影響に対し卑屈になることはありません。

 「日本の歴史の起源は別にある」ということが、今後明らかになってくるのではないでしょうか。

2017/11/12【政治家が真実の歴史を語れる国に】

 元環境庁長官の桜井新氏の訃報が届きました(※)。

 全国的にはあまり知られていないかもしれませんが、同氏は故田中角栄元首相と浅からぬ関係があり、田中氏が政界引退後も長く国会議員として活躍し、2007年に同氏も政界から引退していました。

 桜井氏は、環境庁長官だった1994年に、先の大戦についての自身の認識が問題となって事実上更迭されたことがあります。

 同氏は、「日本も侵略しようと思って戦ったのではなかったと思っている。日本だけが悪いという考え方で取り組むべきではない」と述べ、日本が侵略戦争を行ったわけではないという認識を示しました。

 当時は、自社さ連立政権の村山内閣だったこともあり、この発言が問題となって与党内から辞任圧力が強まり更迭されました。

 しかし、桜井氏は極めて真っ当な認識を示したのではないでしょうか。

 確かに、先の大戦は見方によっては、当時の日本が侵略的だったという一面が無いわけではありませんが、欧米列強の圧力により、やむを得ず開戦に至ったという経緯があります。
当時のアジアは長年の欧米列強による植民地支配に苦しんでおり、日本は八紘一宇の精神に象徴されるように、欧米からのアジア植民地解放を明確に掲げていました。

 ですから、先の大戦で亡くなった多くの英霊も、侵略に加担して無駄死にしたのでは断じて無く、その後のアジア諸国の独立や、日本の平和と繁栄に寄与したことは疑いようのない事実ですし、インドなど海外要人の証言もあります。

 桜井氏が辞任した当時も、自虐史観が正史とされ、政治家がその考え方から少しでも外れる発言とすると、やり玉に挙げられ、問題になりましたが、そうした傾向は現在でも続いています。

 しかし、左翼的な自虐史観では、国を愛する心は生まれません。
真実の歴史観を取り戻し、政治家が公の場でそれを語れるような国にしなければならないのではないでしょうか。

※:11月10日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20171110/k10011219081000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_007

2017/08/15【当時の日本に一点の正義も無かったのか】

 8月15日の終戦の日を前に、テレビなどでは先の大戦について考える番組が増えます。

 戦争で苦労した当時の様子を伝えることで教訓としたいという主旨は理解できますが、当時の日本が如何に残忍で間違っていたかを強調する番組がほとんどのように感じます。

 では、当時の日本政府や日本軍は、本当に残忍で間違っており、一点の正義も無かったのでしょうか。

 実は、日本は、列強による経済封鎖を打破する目的の他に、アジアにおける欧米の植民地を解放するという大義名分がありました。

 有名な「大東亜共栄圏」という言葉がありますが、これは「欧米の植民地支配より解放された東・東南アジアの同胞と、力を合わせて共に栄えていくという新たな国際秩序」のことです。

 当時の重光葵外相も、「日本の戦争目的は、東方の解放であり、アジアの復興である。(中略)これさえ実現すれば日本はいつでも戦争終結の用意があるというのが我々の主張であった」と後に述べています。

 日本は敗戦してしまいましたが、日本がアジア人であっても白人と対等に戦い勝つことができるということを証明したことで、アジア各地の植民地で独立の機運が高まりました。

 
 その結果、戦後、アジアの植民地はほとんどなくなりましたし、実際に日本に対して恩義を感じている国は少なくありません。

 先の大戦で、日本には正義があったのです。
ですから、私たちは先の大戦で散った数多くの英霊に対し、哀悼の意を捧げるとともに感謝の意も捧げるべきです。

 日本の政治家は、閣僚になった途端に靖国神社参拝を見送る方が多いのですが、堂々と胸を張って参拝して頂きたいと思います。

【参考】:大川真輝著『大川隆法の大東亜戦争論(中)』幸福の科学出版http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1592

2017/01/23【今こそ日本に政治家も本音で語ってほしい】

 先週、日本の大手ホテルチェーンの客室に、いわゆる「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」を否定する書籍が置いてあることを、中国政府が取り上げて問題視しました。

 これに対し、岸田外相が、「一時期の歴史に過度に焦点をあてることによって、歴史をとらえるのはいかがなものか」と不快感を示しました(※)。

 しかし、この岸田氏の発言からは、南京大虐殺や従軍慰安婦が歴史的事実であったかのようにも取れます。
政府関係者のこうした曖昧な姿勢が、日中間の歴史認識に関する問題を長引かせている要因の一つとなっているのではないでしょうか。

 ポスト安倍首相を伺う岸田氏としては、できるだけ波風を立てたくないとの思惑があるのかもしれませんが、正義の観点からはっきりと「南京大虐殺や従軍慰安婦は無かった」と否定すべきではないでしょうか。

 南京大虐殺が無かったことは様々な証拠が示しており、明らかに中国の主張は捏造であったり誇大であったりというのは多くの人が認識しているところです。
岸田氏がポスト安倍首相の座を射止めることができるか分かりませんが、中国の主張を否定しない態度を取り続ければ、もしも首相になったとしても自身の首を絞めることに繋がります。

 歴史認識に関して、政府が中国の反発を恐れてほとんど反論してこなかったので、今回のアパホテルのように、政府に代わって心ある民間の有志が立ち上がらざるを得ないのです。

 米国では、トランプ新大統領が「暴言王」と言われつつも本音で政策課題に向きある姿勢を示しています。
日本の政治は「本音と建前を使い分ける」とも言われますが、今こそ日本政治家も恐れずに本音で語りかけるべきではないでしょうか。

※:1月22日付産経新聞http://www.sankei.com/politics/news/170122/plt1701220011-n1.html

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