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2019/04/01【覚悟が問われる「令和」の時代】

 新しい元号は「令和」に決まりました。

 5月から始まる「令和」は、全ての国民が幸福に暮らせる時代であって欲しいと願わずにはいられません。
 

 新元号が決まったことを受けて各マスコミは街の反応などを伝えていますが、その中で「令和には“和”の文字が含まれているから、平和を想起させるので好ましい」という反応が多いようです。
 

 ただ、国際平和というのは日本だけで実現できるものではなく、外国との関係の中で実現されるものという原則を踏まえておく必要があります。

 特に日本では、「憲法9条さえ守っていれば平和なのだ」という考えが一部にありますが、悪意を持った外国が日本に武力侵攻した場合などは、あくまでも相手次第で平和は左右されるということを忘れてはなりません。

 それでもなお、平和というものはとにかく戦争をしないことであると考えて、その平和というものを維持することを最優先とするのであれば、自由を失ったり、民主主義を失ったり、信仰を失ったりする可能性があることを覚悟する必要があります。

 現実が支配する国際的なパワーバランスからすると、「令和」の世である数年から十数年のうちに、南シナ海を中心に米中が武力衝突する可能性が指摘されており、日本も当事者となる可能性もあります。

 その時、私たち国民は平和というものにどう向き合うのか、覚悟が問われることになります。

 さて、既存の政治家にそうした認識があるのでしょうか?心配でなりません。