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2019/01/11【政治家に大切な自己犠牲の精神】

 韓国の文在寅大統領は、徴用工裁判の問題で「韓国政府がつくり出した問題ではない」と発言しました。
 

 社会生活によって生じる様々な問題は、直接的にせよ間接的にせよ、政治が何らかの責任を持たなければなりません。

 ですから、「政府がそこまでしなくても」と外野から言われるのであればまだしも、一国のリーダー自らが責任を転嫁するような発言をしたことに驚きを禁じ得ません。
 

 理想的なリーダー像は、最終的には全ての問題の責任を自らが取るという姿勢を持っていることではないでしょうか。

 韓国に限らず、過去には日本の政治リーダーの中にも、自らに責任はないことを一生懸命に説明する人がいましたが、国民として見ていていい気持ちがしませんでした。
 

 最終的に全ての責任を負うという姿勢は、自己犠牲の精神に通じるものがあると思います。

 「自己犠牲の精神」は、以前は大切な価値観の1つでしたが、最近では「権利の主張を優先する風潮の中で失われた美徳」といえるものです。

 やはり、自らの利害を超えて他人や公のために尽くさなければならない時があるという気概を持っているべきではないでしょうか。
 

 
 特に政治家こそ、自己犠牲の精神を忘れてほしくはありません。

 徳ある政治家は自己犠牲に生きた人がほとんどです。

 対して現代の政治家で、自己犠牲の精神を心の底から体現している人がいったいどれくらいいるのでしょうか。

 ともすれば時代に逆行しているかのように見える自己犠牲の精神が、心の底から湧き出ている政治勢力が、宗教的な価値観を大切にしている幸福実現党ではないでしょうか。