終戦の日に、安倍首相は結局、靖国神社に参拝しませんでした。
内外の批判を避けるための判断と見られていますが、実は、前日に発表した安倍談話に戦没者に対して顔向けできない内容があったために、心の中で潜在的に参拝できなかったのではないでしょうか。
先の大戦では、日本では300万人以上もの尊い人命が失われましたが、安倍談話では、かつての日本が国際秩序への挑戦者であったかのよう述べられ、当時の国民がまるで悪の片棒を担いだかのごとく捉えられかねません。
これでは、国や国民のために戦って散った英霊は浮かばれないのではないでしょうか。
先の大戦で日本には、列強の包囲に対する自衛と、列強の植民地支配からの解放という大義があったことを忘れてはなりません。
安倍首相とは対照的に、幸福実現党の釈量子党首は終戦の日に靖国神社の本殿で参拝しました。
釈党首は、「(こうした)大義を否定することは、300万人の英霊とその遺族を貶めることになる」と指摘しています。
英霊とその遺族を貶めることにならないよう、安倍談話は撤回すべきと考えます。