大川隆法総裁による『パラオ諸島ペリリュー島守備隊長 中川州男大佐の霊言』(※)が発売されて以降、太平洋戦争中のペリリュー島での戦いが70年以上を経た今、脚光を浴びています。
私が初めて「ペリリュー」という名前を知ったのは米海軍の船でした。
「ペリリュー」はタラワ級強襲揚陸艦の5番艦であり、米海軍は太平洋戦争を含め、過去、米国が戦った激戦地の名前を揚陸艦の艦名として与えてきました。
米国は、激戦で散った自国兵士の功績を称えるとともに、敵側の兵士に対しても畏敬の念を込めて命名しているのではないでしょうか。
実際、ペリリュー島での戦いでは、日本軍守備隊約1万人が玉砕したものの、米側にも同じく約1万人にも上る死傷者を出し、勇猛果敢な日本軍により予想を上回る損害が生じ、その後の米軍の戦い方の転機にもなった戦いでした。
この戦いで特筆すべきは、ペリリュー島の日本軍が、米軍上陸による激戦を予想し、同島の原住民を全て島外に避難させたことです。
左翼史観や戦勝国側の立場では、旧日本軍は残虐非道な存在とされていますが、一般人を盾にしたり、戦闘に利用したりすることなく、極めて人道的に戦った日本軍の姿が見て取れます。
これは、この戦いでの米側の指揮官が、後に同島で戦った日本人を称える碑を同島に残していることからも分かります。
今回の霊言は、旧日本軍に対する誤解を解くためのバイブルになり得る1書ではないでしょうか。
この春、天皇陛下が、ペリリュー島が属するパラオ共和国をご訪問されます。
この機会に是非、当時の日本軍の本当の姿を知るためにも、本書を手にとっては如何でしょうか。
※:大川隆法著『パラオ諸島ペリリュー島守備隊長 中川州男大佐の霊言 隠された“日米最強決戦”の真実』幸福の科学出版
参考:3月23日付HRPニュースファイルhttp://hrp-newsfile.jp/2015/2106/