Archive for the ‘教育・思想’ Category

2016/11/17【いじめは、「いじめている側が悪い」という認識】

 原発事故で自主避難している横浜市の中学生が、転校先の学校でいじめをうけ、問題となっています(※)。
この問題では、横浜市教育委員会が適切な対応を取らなかったのではないかとの指摘がある一方で、原発事故の影響の根深さも浮き彫りにして各方面で反響を呼んでいます。

 原発事故の自主避難については様々な意見があることは事実ですが、とにかくはっきりとさせなければならないことは、どのような理由があろうと「いじめは悪い」ということです。

 もっとはっきり言うとすれば「いじめは犯罪」という認識が必要です。
「いじめられている側にも問題がある」という認識では、いじめは解決できません。

 いじめは、「いじめている側が悪い」のです。
 

 最近、学校の現場の中では、いじめを無くすために命の大切さを学ぶ機会を設けていると聞きます。
そうした機会は全く無駄ではないと思いますが、「相手の命を奪う可能性があるからいじめはいけない」というだけではなく、いじめそのものが悪であるということを学ばなければ、いじめは無くなりません。

 もし、命の大切さを学ぶのであれば、「魂と肉体」あるいは「創造主としての神」の存在など宗教的な観点から学ばなければ、命の大切さを本当に理解することはできません。
そもそも道徳上の価値基準は宗教的善悪に求めらることは世界の常識です。

 今後、小中学校で道徳を教科に格上げすることは評価できますが、日本における宗教性を全く排除した今の道徳教育では、いじめ撲滅の根本解決にはなりえません。

※:11月16日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20161116/k10010770951000.html?utm_int=news_contents_news-main_001

20160830【教育を投資として見ると】

 文部科学省は、来年度以降の10年間で、公立の小中学校の教職員数を約3万人増やす計画とのことです(※)。
 

 教員や児童の数の自然減を踏まえれば、計画を実施しても単純に教職員数が3万人増える訳ではないようですが、文科省は児童一人当たりの教職員数の増加を目指しています。
 

 確かに、児童一人当たりの教職員数を増やせば、一人ひとりに教員の目が行き届きやすくなり、よりきめ細かな指導が可能になるかもしれません。
 

 しかし、教職員数の増加と言う投資を行って、本当に成果が上がるのか厳しく見極める必要があります。
この点、財務省は昨年、公立の小中学校の教職員数は今後9年間で、逆に約4万人削減できるという提言を行っています。

 財務相としては、財政の健全化に向けて少しでも歳出を抑えたいという思惑があるのでしょうが、教育に対するニーズの多様化を踏まえれば、公教育に頼るだけではなく、もっと民間を活用することも必要ではないでしょうか。

 公教育には、多額の税金が費やされていますが、成果を明確に測る基準があまりありません。
ですから、例えば、全国学力テストの結果を公表することも、教育の成果を図る上で必要であると考えます。

 合わせて、教育制度自体の自由化を進めることで、子供たちの個性や才能をもっと伸ばすことができるのではないでしょうか。
※:8月29日NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20160829/k10010657331000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_011

2016/08/22【人の生死について専門家はやっぱり宗教です】

 読売新聞に「臓器は丸ごと作れるのか」と題して、iPS細胞に関する記事がありました(※)。
記事によると、臓器を作れる可能性はあるものの、実際の医療への適用となると実現はまだまだ先のようです。

 ただ、iPS細胞に限らず臓器を作り出すことができれば、「脳死」の問題も解決に繋がります。
現在、治癒の見込みがない病気のいくつかは、移植でしか助からない場合があります。
その場合、生体間の移植という手段を取ることもありますが、多くは脳死と判定されたドナーから必要な臓器が提供されることになります。

 その脳死の判定を巡っては、様々な議論があります。
脳死は、心臓が動いていても脳の機能に回復の見込みが無くいずれ心臓も停止してしまう状態のことで、医学的に詳細な判定基準があります。

 しかし、脳死と判断された患者が回復した事例も報告されていますし、脳死と判定された人が出産した事例も報告されていることからも分かる通り、脳死の状態の人間を「死体」とするには不合理なケースがありそうです。

 移植医療を待つ患者やそのご家族の気持ちも理解できますし、患者を救いたいという医療関係者の思いも理解できます。
ですが、人間の生死を、唯物論に基づいて、人間が決めてしまうことには無理があるのではないでしょうか。

 移植後の臓器は、患者の免疫作用を抑える治療が必要ですが、それでも原因不明の拒絶反応が生じる場合も多いようです。
こうした場合、人間は肉体と魂(霊)からできているという宗教的な見地から考えなければ説明がつきません。
やはり、人の生死に関しては、宗教が専門と言えます。

 よって、医療の分野において、宗教的な見地から人間の生死を議論しないのであれば、脳死の定義の必要のない、再生医療による移植技術の確立が急がれます。

 海外では、iPS細胞だけではなく、STAP細胞の可能性を示す研究成果が報告されています。
日本ではタブー視される傾向のSTAP細胞ですが、医療の未来を切り開くためにも、先入観を持たずにSTAP細胞の研究を進めてほしいと考えます。

※:8月19日付読売新聞https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160815-OYTET50070/

2016/08/15【本格的宗教政党への先入観を乗り越えて】

 8月15日は終戦記念の日です。
この日は、戦没者の追悼や平和を祈念する日であると同時に、お盆の時期と重なることもあって慰霊の日でもあります。
 

 「慰霊」とは、死者の魂を慰めることであり、魂の存在を前提とする極めて宗教的な意味合いがあります。
魂など存在しないので慰霊とは単に生きている自分自身の心の整理をしているに過ぎないと考える人もいるかもしれませんが、墓前でお祈りする際は、やはり魂や霊と言った存在を前提に手を合わせる人のほうが多いはずです。

 幸福実現党は霊的な人生観を持つ宗教政党であるが故に、先入観をもってみられることがありますが、「慰霊」や「祈り」と言うことを考えた場合、本格的な宗教政党である幸福実現党は、異質な存在ではないことが分かります。

 こうした機会を通じて、幸福実現党に対する理解が進むことを願いたいと思います。

 同時に、終戦記念の日に、大東亜戦争で亡くなられた全ての御霊に対し哀悼の意を表し、国のために散った英霊に哀悼の誠を捧げることはその国の指導者にとって極めて当然の務めです。
安倍首相は、中韓に誤った配慮を示すことなく、独立国家の指導者として靖国神社を参拝すべきと考えます。

2016/07/27【凄惨な殺傷事件を無くすには】

 神奈川県内の障害者施設で、男が侵入して入所者を刃物で刺すなどして、19人が死亡し、26人がけがをするという凄惨な事件が起きました。
 

 警察署に出頭し逮捕された男は、「意思の疎通ができない人たちを刃物で刺した」などと供述しており、知的障害などを持つ人に対する強い殺意を持っていることが伺えます。
また、その男は、事件のあった施設の元職員で、入所者の人権を否定するような言動から、施設を辞めたとの報道もあります。

 知的障害者など意思の疎通ができない人であっても同じ人間であり人権は尊重されなければならないし、知的障害者という弱い立場の人を一方的に害する行為は許されるものではないとの声が聞かれます。

 全くその通りだと思いますが、障害を持った人に対しては、もっと深い理解が必要だと考えます。
その深い理解とは、霊的な視点を踏まえるということです。
人間は、肉体と魂(霊)から成っており、知的障害者は、固有の人生修行の為に、肉体である脳の働きに障害があるものの、本来の魂そのものに障害はないという事実です。

 例えば、「人間は、唯物的な存在であり知的障害者はあくまでも意思疎通ができない存在」として接するというのと、反対に「肉体には障害があるものの魂は健全であり魂の部分では全ての状況を理解できている存在」として接するのでは、障害者ご本人の反応も、周囲でサポートする人間の対応も変わってくると聞きます。

 今回の事件の真相解明はこれからですが、こうした霊的な人生観が浸透していれば、防げた可能性があるのではないかと、残念でなりません。

 人権は尊重されなければならないという考え方の源泉には、「人間は神の子である」と言う宗教的な真理があります。
特定の宗教に限定する必要はないと考えますが、霊的な人生観に立った道徳教育が急務な時代となっていると確信するものです。

2016/07/17【政教分離について】

 トルコでクーデターの動きがありましたが、その企ては失敗に終わった模様です。
事件の全容は分かっていませんが、強権的なエルドアン政権に対する反発があるようです。

イスラム教徒が多いトルコですが、西側世界入りを目指すトルコは、政治へのイスラム教の影響を無くすため、世俗主義を掲げて政教分離を進めてきました。

その世俗主義を、エルドアン政権がないがしろにするような動きを強めてきたことに対する反発が、クーデターの背景にあるとの指摘があります。

確かに、宗教の影響が国の発展を阻害するのであれば問題ですが、宗教的精神がその国の政治家や国民を感化して国の発展や調和に繋がるのであれば、宗教的要素は排除すべきものではないと考えます。

幸福の科学の大川隆法総裁は、著者『正義の法』で、先の大戦でキリスト教国同士が熾烈な戦いを繰り広げたことに対し、「『政治の延長としての外交』『外交の延長としての戦争』があるとして、戦争においても、キリスト教精神を生かさなければいけなかったら、あれほど目茶苦茶な殺し合いはできなかったかもしれません」と指摘しています。

日本では、憲法における政教分離の解釈で誤解もありますが、政治と宗教を分離することでかえって弊害が生まれることがあるということを知っておくべきではないでしょうか。

2016/06/13【究極の米国追従の政党はどこか】

 共産党の参院選での憲法に関する公約は、「前文を含む全ての条文を守る」とのことです。
共産党の歴史を見れば、本心で言っているのか、本当に信じていいのか、大いに疑問です(※)。

 憲法とは、その国の法律の基となるものであり、その国の国民の規範とも言えるものですが、現行の日本国憲法は、戦後、米軍の統治下で作成され、実質的に米国に押し付けられたようなものです。
ですから、本来であれば、日本人の手で日本に合った憲法を作り上げることが理想のはずです。

 共産党は、日米同盟に反対の立場であり、戦後の日本の政策について、常々「米国追従」などとして政権を批判してきました。
その共産党が、現行憲法を一言一句に至るまで守ると言っているのですから、共産党の姿勢こそ「究極の米国追従」ではないでしょうか。

 共産党は天皇制にも反対してきたので共産党の本心としては、「本当は共産党の考える方向に憲法を変えたいけど、憲法改正を掲げると、国会で多数を握る自民党の考える方向に憲法を変えられてしまうので、今は護憲を訴えた方が得策である」ということではないでしょうか。

 自民党は、必要な政策であっても、選挙に不利とみると、その政策を争点から隠します。
その自民党を批判する共産党も、党利党略により本心を隠しているように思えてなりません。

 票のためには、与党も野党も本心を隠す。
こうした日本の政治状況に一石を投じるのが、例え票にならなくても日本のために正論を言い続ける幸福実現党だと確信します。

※:6月12日付The Liberty Web「日本共産党は『憲法9条』に反対していた 二書から読み解くその正体」http://the-liberty.com/article.php?item_id=11466

2016/06/12【アリ氏の人生に見る信仰の大切さ】

 プロボクシングの世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリ氏の追悼式典が開催されました。
式典では親交のあった著名人ともに、様々な宗教関係者も参加しました。

 アリ氏は、ヘビー級チャンピオンになった後も、差別を受けた経験をもとに、人種や宗教などによる差別に反対する活動を行っていました。
そうしたアリ氏が、困難の中にあっても、立ち上がり活動を続けることができた背景に、改宗したイスラム教の教えがあったとされます。

 近年では、イスラム過激派の活動もあって、イスラム教に偏見を持つ人も多いようですが、アリ氏の不屈の闘志や人徳に、イスラム教の影響があったとすれば、イスラム教を見直す人も多いのではないでしょうか。

 幸福実現党は、立党から7年が経ち、支持者でなくとも、「幸福実現党は本気らしい」ということがようやく理解されるようになりました。
ここに至るまでには多くの関係者のご努力があったことは事実です。
また、何よりも信仰心に裏打ちされた候補者の赤心からの訴えが世の中に響いたのも事実です。
 

 今必要なのは、神に誓って、嘘をつかない、正直な政治家です。
本当に信じられる政治家です。
党利党略を隠して国民を欺くような政治にはうんざりだという声も決して少なくありません。

 幸福実現党の政治家は嘘をつけません。
なぜなら信仰心があるからです。
幸福実現党は、特定の宗教を強要することや、特定の宗教の利害のために立党された訳ではありませんが、アリ氏の人生を見ても、信仰の大切さが再認識できるのではないでしょうか。

2016/05/27【高天原の神々はどうお思いか】

 伊勢志摩サミットが開幕し、安倍首相が伊勢神宮の入口にあたる宇治橋で各国首脳を個別に出迎えました。
その後、各国の首脳は安倍首相の案内で境内を散策し、記念行事に臨みました。

 今回の歓迎行事でも分かるように、日本の歴史を語る上で、日本神道は欠くことのできないものです。
日本は憲法の第一条で天皇に言及していますが、天皇は日本神道の長でもあることから、日本は今も昔も祭政一致の国とも言えます。

 こうした伊勢神宮を舞台とした今回の歓迎行事は、憲法に定められているいわゆる「政教分離」の規定を「政治が宗教に一切関わってはならない」と理解している人は、どう理解するのでしょうか。

 しかし、「政教分離」の規定は、「国家権力(政治)は、宗教に介入してはならない」と宗教の側を守る意味で作られたものであり、宗教が政治に参加することを禁じているような規定でもないのです。
これは内閣法制局の見解でもあります。

 ですから、今回の伊勢神宮を舞台とした歓迎行事は、信仰深い日本の歴史を世界に発信する意味で大切ですし、日本人にとっても信仰というものを考える良い機会と言えるかもしれません。

 ただ、各国首脳を迎える側の安倍首相は、神聖な伊勢神宮を邪な政治の道具として利用する意図が無かったのかよくよく考える必要があります。
今回のサミットは、天候に恵まれていませんが、高天原の神々は安倍首相の心の中を見透かしているのではないでしょうか。

【参考】:大川隆法『熊本震度7の神意と警告』http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1664

2016/03/26【“巫女さんのくせに”発言の問題点】

 自民党の国会議員が「巫女さんのくせに何だ」などと発言したことが批判され、その国会議員は軽率な発言だったとして謝罪しました(※)。
 

 問題の発言の真意は別にあったのか定かではありませんが、「巫女」という立場を見下して発言したとすれば大きな問題です。
最近、国会議員、とりわけ自民党議員の軽率な発言や問題行動が相次いで報道されています。
国会議員の発言の揚げ足をいちいち取って、必要以上に責任追及を行えば、国会議員は本音を語らなくなり、有権者にとっても弊害となり
ますが、最近の自民党議員は奢り高ぶっていると言われても仕方がないのではないでしょうか。

 もともと、「巫女」は神に仕える尊い存在であり、神の啓示を降ろして人々に伝える特別な立場でした。
現在では、巫女を年末年始のアルバイトの一つのように捉えて、神社などに仕えるサーバントのように考える人もいるようなので、今回の国会議員の発言に繋がったのかもしれませんが、実際は、巫女はとても神聖な役目なのです。

 今回の件で明らかになったように、宗教に対する無理解や誤解は、少なからず存在しているようです。
幸福実現党は、幸福の科学を支持母体としていますが、特定の宗教を崇拝するよう強いることは無く、宗教に対する無理解や誤解を解くべく宗教界全体の政治的な代表としての覚悟も持って活動しています。
正しい信仰心を持った政治家は、公のために謙虚かつ実直に働くものですが、幸福実現党の政治家がまさにそうした政治家だと考えます。

※:3月25日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20160325/k10010456191000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_011

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