安倍首相は年頭の記者会見で、労働基準法を改正し、長時間労働の上限規制を導入したい旨を表明しました。
確かに、健康を害するような過酷な長時間労働は是正すべきですが、どの程度の長時間労働が健康に害を及ぼすかは、労働内容や個人の体力によって異なるはずです。
しかし、法律で上限規制を設けるとすれば、個々の事情を個別に判断することは難しいので、最低限かそれに近いレベルで一律に上限を設定することになるはずです。
そうなると、単位時間当たりの労働生産性を上げることなく先に法律で規制して、日本の競争力が維持できるのでしょうか。
そもそも労働は美徳であるはずですが、法律で制限を設けるということは、政府が「働くな」と言っているように見え、あたかも労働が必要悪であるかのような印象を受けてしまいます。
本当にそうした国が発展し豊かになるのでしょうか。
労働を苦役と捉えて、そこから解放してくれる政府に支持が集まるとの思惑があるとすれば、マルクス主義的な発想と感じなくもありません。
やはり日本人として忘れてほしくないのは、二宮尊徳(金次郎)的な精神です。
寸暇を惜しまず、小さなものをコツコツ積み上げて大を為す「積小為大」の精神は、今も昔もそして未来にも通じる考え方です。