Archive for the ‘教育・思想’ Category

2019/01/19【霊的人生観が自殺を防ぐ】

 昨年の自殺者数は9年連続で減少し20,598人だったと警察庁が公表しました。

 自殺者が減少傾向にあることは良いことです。

 一方で、19歳以下の若年層では増加傾向にありますし、日本全体の数字も諸外国と比べれば依然高い水準にあります。
 

 ですから、社会全体として自殺者を減らす努力は続けていかなくてはなりません。

 自殺を思い止まるには、「なぜ自殺がいけないのか」その理由を啓発することが重要です。
 

 その理由としてよく言われるのが、「家族や友人が悲しむ」ということではないでしょうか。

 確かに、愛する家族や友人を悲しませるわけにはいかないと考え、自殺を思い止まる人もいると思います。
 

 
 しかし、自殺を考える人の多くは苦しみの真っ只中にあり、そうした状況ではなかなか周囲の人を思いやるところまで至らないのではないでしょうか。

 しかも、現代は「死ねば何もかも終わり」という唯物的な人生観を持つ人が少なくないので、苦しみから逃れたい一心で自殺を選んでしまう傾向があるように思われます。
 

 やはり、自殺を防止するために霊的真実を知ることが重要です。

 死んで肉体が滅んでも、魂や霊といった存在は残ります。

 
 魂や霊が残るということは、苦しみのもとになる考え方に整理をつけない限り、死後も苦しみが続くことになるのです。

 これが自殺しても楽にならない理由であり、霊的真実です。
 

 
 人間があの世からこの世に生まれてくるのは、魂を磨くためです。

 もしも、苦しみの無い人生があったとしたら、魂が磨かれることはありませんし、霊性が向上することもありません。

 ですから、苦しみはある意味で人生に必要なものでなので、今回の人生も一冊の問題集と思って取り組まなければならないのです。

 
 ただ、人生は苦しみばかりではありません。

 たとえ苦しみばかりの人生と思っていたとしても、霊的人生観を取り戻せば、実は神仏の深い慈悲の中に生かされている大いなる喜びを知ることになるのです。

2019/01/14【仕事を続けていくための人生観】

 近年、芸能人やスポーツ選手などの有名人が、就職前の若者や子供たちに対し、「仕事は楽しむことが大切」と話す様子をよく見聞きします。
 

 確かに、楽しいか楽しくないかということは、仕事を選ぶうえで考慮すべき要素の一つかもしれません。
 

 しかし、それは仕事を選ぶうえで最も大切な要素ではないのかもしれません。

 世の中には、たくさんの仕事がありますが、その中のいくつかを考えてみれば分かります。

 債権の回収を行う銀行員、病に犯された患者の手術を行う外科医、刑事訴訟や民事訴訟などの判決を下す裁判官など、いずれも「楽しんで仕事をする」ということからは程遠いように思われますが、どの仕事も現代では必要とされているものです。

 ある有名なプロ野球選手が、「オールスターゲームだけは楽しんで参加できる」旨の発言をしていましたが、ファンにとっては仕事を楽しんでいるように見えるプロ野球であっても、普段の試合でベストなパフォーマンスを維持するには「楽しむ」ということだけでは済まないことが分かります。

 やはり、仕事を続けていくために必要なことは、如何に世の中に貢献し、やり甲斐を感じるかということではないでしょうか。

 仕事においても、自分を高めていく努力が多くの人の喜びとなり、それが自分自身の喜びとなるような人生観を持つことが大切だと考えます。

2018/12/27【クリスマス飾りも撤去する中国】

 中国では地方政府当局が市中のクリスマスの飾りを撤去するなど取り締まりを強化する動きがあります(※)。

 これは、中国政府がクリスマスをキリスト教と関連付けて、キリスト教が中国政府の管理を越えて広がることを恐れてのことと見られます。
 

 日本では、クリスマスは国民的イベント的色彩が強く、クリスマスの時期にキリスト教の教義に触れるような報道もあまり見られません。

 よって、日本人から見れば、中国政府のこうした取り締まりは、明らかに行き過ぎです。

 また、中国では、100万人にものぼるウイグル人を強制収容所に入れて、中国政府の都合のいい思想を植え付けようとしていますが、この動きの背景にはイスラム教の排斥があります。

 こうしたことから、中国政府が如何に宗教を恐れているかということが分かります。

 しかし、信教の自由が無いところには、他のあらゆる自由もありません。

 なぜならば、歴史的には信教の自由が確立し、それを受けて、集会、結社、言論など様々な自由が派生してきたからです。

 本報道を通して、中国政府は、自国民の身体の自由を奪うことができたとしても、心の自由を奪うことはできないという事実を受け入れる必要があると考えます。

 ※:12月26日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20181225/k10011759591000.html

2018/12/13【中国に本当の信教の自由を】

 中国共産党政府は、国内のキリスト教地下教会への弾圧を強めています。

 地下教会とは政府非公認の教会のことで、地下教会に所属する信者数は、1千万人とも2千万人以上とも言われています。

 今回、中国当局が地下教会の信者を100人以上連行したとのことです(※)。
 

 中国共産党とローマカトリックの総本山であるバチカンの法王庁は歴史的に対立してきましたが、今年、法王庁側が譲歩して関係を改善しました。

 具体的には、司教の人事で中国共産党が推す人物を法王庁が追認する形となり、法王庁の権威は大きく揺らいでいます。
 

 ですから、中国共産党による地下教会の弾圧は予想されたことでした。

 ある意味で、法王庁が、中国共産党が公認する教会のみにお墨付きを与えたことになるからです。
 

 中国共産党は無神論であることを公言しており、共産党員には信仰を持つことを事実上禁じています。

 その中国共産党が公認する宗教に入信したところで、本当に神仏に繋がる行為となるのでしょうか。
 

 そう考えると、中国共産党の支配が及ばない教会に所属して「信仰を守る」ということは、中国政府に反抗する行為になります。

 よって、中国では、共産党公認の宗教以外の信仰を持てばいつ逮捕されてもおかしくありません。

 中国共産党は、中国には信教の自由があるとしていますが、これでは明らかに信教の自由が無いということになります。
 

 民主主義の基礎には、信教の自由があります。

 信教の自由から、信仰を告白する自由としての表現の自由など様々な自由が派生してきたと言えるのです。

 国際社会は、中国に信教の自由を保障するよう強く求めていくべきです。

 特に日本政府はこの問題にもっと関心を払うべきではないでしょうか。

 ※:12月12日付産経新聞https://www.sankei.com/world/news/181212/wor1812120025-n1.html

2018/12/09【介護の現場こそ宗教心の大切さが必要】

 「改正出入国管理法」が成立し、外国人労働者の受け入れ拡大への道が開かれました。

 人手不足の業界の中には歓迎の声がある一方で、様々な懸念が残る中で拙速に成立した感があるだけに、その運用に当たっては今後も議論を深めていく必要がありそうです。
 

 
 人手不足が顕著な業界に介護分野がありますが、最近、認知症の方を抱えるご家族で、介護施設を利用している人に話を伺う機会がありました。

 その方は、施設の利用を申請してもなかなか空きが出ずに苦労した経験から、外国人材の登用で少しでも希望に沿う施設利用が可能になれば嬉しいと話しておられました。
 

 また、その方は本音として、ご家族が認知症であっても、愛する肉親はできるだけ身内で介護したいとも話しておられ、施設に預ける後ろめたさに似た感情も吐露されていました。

 確かに、家族や親せきの関係が濃密だった時代は、介護施設などはそんなに無かった訳ですから、現在でも世代間同居を推奨するなどすれば、介護問題を打開する糸口の1つになり得るでしょう。
 

 ただ、その方はこうした感情を介護相談員に打ち明けても、「そんなに気にすることは無い」と諌めてくれたものの、自分を納得させることができなかったと打ち明けてくれました。

 そうした中でその方は信仰に出会い、夫婦・親子の関係や認知症など難病などについての霊的な意味を知ったことで、介護者・被介護者ともに心の安定を保ちつつ前向きに介護ができるようになったと話しておられました。

 現実問題として、介護職員が信仰についてアドバイスすることは無いので、何かの機会にたまたま信仰に出会えたその方は幸運だったといえます。

 
 人手不足の問題と共に、とかく人生観や死生観が身近に感じられる介護や看護の現場こそ、信仰の大切さがもっと見直されるべきであると改めて実感しました。

2018/11/28【科学的探求と宗教的真理の融合が必要】

 中国の研究者がゲノム編集の技術を使って赤ん坊を誕生させたとして問題となっています。

 人間のDNAを対象としたゲノム編集は、DNAのどの部分を操作すればどうなるかある程度分かってきましたが、副作用や長期的な将来への影響など未解明の部分が多いため、臨床応用すべきではないとされるからです。
 

 つまり、ゲノム編集の現段階での臨床応用は生命倫理上問題があるということであり、「神の領域」に踏み込む行為だということです。
 

 ここで言う「神の領域」とは、現代科学では解明できていないという意味で用いられているのでしょうが、DNAという仕組みが、生命の進化の過程で偶然が積み重なってたまたま出来上がったと解釈するにはあまりにも奇跡的です。

 その意味では、文字通り創造主の御業と考えるべきではないでしょうか。
 

 今回、問題となっている研究者が、唯物論者なのか、それとも神仏への信仰を持っている人物なのかは不明ですが、仮に、唯物的な考えのもと研究を推し進めた結果であるならば、やはり危険な行為と言わざるを得ません。

 ゲノム編集は使い方によっては、医療に革新をもたらす技術になり得ますが、一方で、人間が神に成り代わって人間自身を唯物的にデザインするようなことになれば、そこには霊肉不一致による様々な問題が噴出してくることは確実です。
 

 ですから、医療の進歩の分野にも、科学的探求と宗教的真理の融和が不可欠であると言えます。

 人類の進歩のためには、人間は肉体を持つと同時に、その肉体の内に霊や魂といった高次なるものを宿す存在であるという基本的な事実を認識する必要があるのではないでしょうか。

2018/11/14【大谷選手の活躍が示すもの】

 大リーグエンジェルスの大谷翔平選手が、2位に大差をつけて新人王に選ばれました。

 既に日本球界で実績を積んだ選手が大リーグで新人王を取っても、何か日本球界が格下に見られているように感じる部分も正直ありますが、何はともあれ日本人としてうれしく思います。
 

 大谷選手の二刀流は、日本での入団当初、プロ野球関係者の多くが反対していましたが、自らの意志を貫いた大谷選手が、結果でそうした意見を跳ね除けたと言えます。

 もちろん反対した人は老婆心からだったのでしょうが、指導者としては、本人が単に願望を実現したいだけなのか、それとも本当に才能が隠れているのか、専門家であっても見極めることが大変難しいということも示したのではないでしょうか。

 ただ、前例に囚われないことが、新たなものを生み出す力につながことを証明した事例にもなりました。

 そして、忘れてならないのが大谷選手個人の努力の部分です。

 スター選手は華々しい活躍の場面が強調されがちですが、その裏には大変な努力の積み重ねがあります。

 
 大谷選手の目標を設定してコツコツと努力する姿勢は、高校時代から定評がありました。

 

 仏教には縁起の理法という言葉がありますが、努力の積み重ねが人生を成功に導くことは、どの分野でも共通した真理です。

2018/11/11【世界のスタンダード】

 ある紀行ドキュメンタリー番組で、日本人のテレビスタッフが、ギリシャのタクシードライバーに話を聞く場面がありました。

 ギリシャは経済的に苦しい状況が続いていますが、敬けんなギリシャ正教徒のそのタクシードライバーは、若くして不幸に遭う人もいれば大人になって不幸に遭う人もいるという旨のある種の“無常観”を語りました。

 それに対し日本人スタッフは、「それでも神を信じるんですか」と問いただしていました。
 

 この言葉を発した日本人スタッフの方に悪意は無かったと思いますが、そこには信仰を持つ人への無理解が現れているような気がしましたし、信仰が前提の国の人からすれば国際常識から逸脱しているように感じられたのではないでしょうか。

 「それでも神を信じるんですか」という言葉の裏には、「この世的な利益があれば信ずるし、なければ信じない」という損得勘定のみで判断するという価値観が現れているように思います。
 

 しかし、人間は生まれてくる前にあの世で人生計画を立て、人生の目的と使命を持って生まれてきます。

 そして、神仏の深遠な御心の前には、ちっぽけな人間の理解など及ぶはずもなく、だからこそ信仰者は全てを受け入れて日々を力強く生きていくのだという「信仰の優位」を自覚しています。

 これが世界の宗教のスタンダードです。

 
 ゆえに、世界の常識として、信仰に対する尊敬の念と、信仰者への正しい認識が必要です。

 
 日本のジャーナリストが、世界の信仰者から現世利益だけを追い求める野蛮人と思われないように配慮が必要だと感じたエピソードでした。

2018/10/20【表現の自由を守る精神とは】

 サウジアラビア政府に批判的な記者が、当局によって殺害された疑惑が世界中から注目されています。

 サウジアラビアは、ムハンマド皇太子のもと近代化への改革が進んではいるものの、中東の多くの国と同様、西欧流の民主化とは相容れない統治体制が残っているのが実情です。

 そうした中、同記者は、中東諸国に表現の自由が無いことを憂い、自由の必要性を訴え続けていました。

 いくら政権批判しても身に危害が及ぶことの無い日本などとは異なり、同記者は、ある意味、命がけで政権を批判していました。

 一方、日本では、18日、日中のメディア交流会が開催され、相互理解を深めるためにメディア間の連携などを確認しました(※)。

 しかし、中国には表現の自由が無く、中国のあらゆるメディアは中国共産党の指導下に置かれ、党の宣伝機関であるというのが実態ですが、そのことに懸念を示す日本のメディアがいたという報道はありませんでした。

 中国の報道機関のあり方に疑問を抱く日本の記者の方は多いと思いますが、交流会という席上相応しくないと思ったのか、中国側におもねる発言が占めたようです。

 しかし、報道人の命とも言える表現の自由を棚に上げて、真に交流を図るということができるものなのでしょうか。

 表現の自由は、信教の自由から発した民主主義の大切な考え方ですから、むしろこういう時にこそ中国に対し表現の自由の大切さを訴えるべきだったのではないでしょうか。

 そうした気骨ある記者こそが、真に自由・民主・信仰を守り、そして広げる力になると考えます。

※:10月19日付毎日新聞https://mainichi.jp/articles/20181019/ddl/k15/040/072000c

2018/10/12【人類が求めてきた疑問への答え】

 地球上では残念ながら紛争が絶えません。

 その紛争の中には宗教対立に起因するものも少なくありません。

 特に、キリスト教とイスラム教徒と対立は深刻で、人類は根本的な解決の糸口をつかめないでいるようにも見えます。
 

 しかし、その宗教対立を終わらせる可能性を持った考え方を説いている人物がいます。

 それが、幸福の科学の大川隆法総裁です。

 
 大川隆法総裁は、著書『信仰の法』(※)の中で、キリスト教の開祖であるイエスが天なる父と呼んだ存在と、イスラム教の開祖であるムハンマドが神と呼んだ存在は、実は同じ存在であると説いています。

 つまり、キリスト教もイスラム教も根本となる存在が同じ神であるということです。
 

 現在、世界宗教と呼ばれる宗教は、それぞれ考え方が違っているように見えますが、それは民族性や文化性の違いによるものであって、もとなるものは一つなのです。

 
 この考え方が浸透すれば、宗教同士お互いは仲間であるということが理解でき、宗教に起因する争いは無くなるはずです。
 

 こうした大川総裁の教えは、画期的であり、他の誰にも説くことができません。

 まさに世界の宗教対立を終わらせる可能性を持った教えなのです。
 

 大川総裁は、先にドイツでも講演会を行い、聴衆を魅了しました。

 ドイツは、キリスト教の信者が多くを占める国ですが、大川総裁がこうしたグローバルな視点を持っていることが、彼の地でも支持を集める理由ではないでしょうか。
 

 日本は、近代、世界に対し自動車などの工業製品を輸出し、マンガなど文化も輸出してきましたが、今度は思想を発信する時代になりつつあると感じます。

※:大川隆法著『信仰の法』幸福の科学出版https://www.irhpress.co.jp/special/the-laws-of-faith/?utm_source=IRHweb&utm_medium=TOPbanner&utm_campaign=LP_the-laws-of-faith

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