Archive for the ‘教育・思想’ Category

2019/02/25【“米百俵”を世界に伝えた人物】

 「米百俵」という故事があります。

 戊辰戦争で幕府側についた越後長岡藩は、戦後、石高が減らされるなどして困窮していました。

 見かねた隣藩が米百俵を送ったところ、長岡藩はその米を消費せずに換金し、学校建設など教育資金に充てたという物語です。

 その後、長岡からは、数多くの優秀な人材が輩出され、地元だけでなく日本のために多大な貢献をしたということです。
 

 ここで今の日本の政治に視点を変えてみると、米百俵のように「将来への投資」という視点があまり見られません。

 選挙制民主主義の欠点の一つかもしれませんが、どうしても目に見えて成果が上がる政策、有権者がすぐに恩恵を感じられる政策に偏りがちです。

 典型的なのが、いわゆる「バラマキ政策」と呼ばれるものです。

 それは、米百俵を譲り受けて、すぐに配ってしまうようなものです。

 「いや、政治は教育にだって力を入れている」といっても、今の目玉は無償化です。

 経済的な理由で学業を断念せざるを得ない人に、教育資金を援助することは大変意味がありますが、経済的な差を無視して一律に教育を受けられるようにすることが喫緊の課題なのでしょうか。

 本当に必要なのは、経済的な差を無視して一律に教育を受けられることでなく、教育の質の向上です。

 教育の質を高めることなく、いくら教育を無償化しても、米百俵の精神からは程遠いように感じられます。

 そして、この米百俵の戯曲を英訳して世界に伝えたのが、24日に亡くなられたドナルド・キーン博士でした。

 キーン博士は米国生まれですが、こうした日本人の精神性や文化に惚れ込んで、日本に帰化した人物です。

 現代の政治家も米百俵の精神に立ち返ってみるべきと考えます。

 キーン博士のご冥福を心からお祈り致します。

2019/01/27【大切なのは祝福の心と利他の心】

 中国共産主義青年団の宣伝部門が党のマルクス理論研究所と共同で、カール・マルクスを題材にアニメを制作したとのことです(※)。
 

 アニメでマルクスを美化して描くことで、若者を対象に中国共産党のイデオロギーの浸透を図る狙いがあるものと思われます。
 

 そのアニメの内容はさて置き、現実の中国経済はとうの昔に共産主義を捨てて、マルクスが否定した資本主義を取り入れています。

 ですから、いくら共産主義を称えたところで、中国共産党は自己矛盾に陥っていると言えます。

 

 マルクスの思想は、理想のように思われた時代もありましたが、ソ連の崩壊により間違いであったことが証明されました。

 マルクス思想は、出自において万人を貧しさから救いたいという思いがあったのかもしれませんが、最終的にもたらされる世界は、「貧しさの平等」だったのです。

 また、マルクスの思想は嫉妬心の正当化とも言われます。

 チャンスは平等に、結果は公平に評価されるのが理想ですが、自分が努力したにもかかわらず思い通りの結果が得られないからと言って、その責任を自分以外の何かに求めるような思想では、成功や発展などあり得ません。

 資本家は、必ずしも善人ばかりとは言えないので、嫉妬する気持ちも分からないではなりませんが、本当に豊かになりたいのであれば、必要なのはむしろ「成功者を祝福する心」なのです。
 

 一方で、成功者にも必要な心掛けがあります。

 それは、ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)の精神です。

 成功しても、謙虚な心を持ちつつ他人を思いやる「利他の心」を忘れないことが大切です。

 成功と同時に「徳力」も磨いていくようでなければ、いずれ批判の対象となって思わぬところで足元をすくわれかねません。

 ※:1月26日付CNNニュースhttps://www.cnn.co.jp/showbiz/35131845.html

2019/01/19【霊的人生観が自殺を防ぐ】

 昨年の自殺者数は9年連続で減少し20,598人だったと警察庁が公表しました。

 自殺者が減少傾向にあることは良いことです。

 一方で、19歳以下の若年層では増加傾向にありますし、日本全体の数字も諸外国と比べれば依然高い水準にあります。
 

 ですから、社会全体として自殺者を減らす努力は続けていかなくてはなりません。

 自殺を思い止まるには、「なぜ自殺がいけないのか」その理由を啓発することが重要です。
 

 その理由としてよく言われるのが、「家族や友人が悲しむ」ということではないでしょうか。

 確かに、愛する家族や友人を悲しませるわけにはいかないと考え、自殺を思い止まる人もいると思います。
 

 
 しかし、自殺を考える人の多くは苦しみの真っ只中にあり、そうした状況ではなかなか周囲の人を思いやるところまで至らないのではないでしょうか。

 しかも、現代は「死ねば何もかも終わり」という唯物的な人生観を持つ人が少なくないので、苦しみから逃れたい一心で自殺を選んでしまう傾向があるように思われます。
 

 やはり、自殺を防止するために霊的真実を知ることが重要です。

 死んで肉体が滅んでも、魂や霊といった存在は残ります。

 
 魂や霊が残るということは、苦しみのもとになる考え方に整理をつけない限り、死後も苦しみが続くことになるのです。

 これが自殺しても楽にならない理由であり、霊的真実です。
 

 
 人間があの世からこの世に生まれてくるのは、魂を磨くためです。

 もしも、苦しみの無い人生があったとしたら、魂が磨かれることはありませんし、霊性が向上することもありません。

 ですから、苦しみはある意味で人生に必要なものでなので、今回の人生も一冊の問題集と思って取り組まなければならないのです。

 
 ただ、人生は苦しみばかりではありません。

 たとえ苦しみばかりの人生と思っていたとしても、霊的人生観を取り戻せば、実は神仏の深い慈悲の中に生かされている大いなる喜びを知ることになるのです。

2019/01/14【仕事を続けていくための人生観】

 近年、芸能人やスポーツ選手などの有名人が、就職前の若者や子供たちに対し、「仕事は楽しむことが大切」と話す様子をよく見聞きします。
 

 確かに、楽しいか楽しくないかということは、仕事を選ぶうえで考慮すべき要素の一つかもしれません。
 

 しかし、それは仕事を選ぶうえで最も大切な要素ではないのかもしれません。

 世の中には、たくさんの仕事がありますが、その中のいくつかを考えてみれば分かります。

 債権の回収を行う銀行員、病に犯された患者の手術を行う外科医、刑事訴訟や民事訴訟などの判決を下す裁判官など、いずれも「楽しんで仕事をする」ということからは程遠いように思われますが、どの仕事も現代では必要とされているものです。

 ある有名なプロ野球選手が、「オールスターゲームだけは楽しんで参加できる」旨の発言をしていましたが、ファンにとっては仕事を楽しんでいるように見えるプロ野球であっても、普段の試合でベストなパフォーマンスを維持するには「楽しむ」ということだけでは済まないことが分かります。

 やはり、仕事を続けていくために必要なことは、如何に世の中に貢献し、やり甲斐を感じるかということではないでしょうか。

 仕事においても、自分を高めていく努力が多くの人の喜びとなり、それが自分自身の喜びとなるような人生観を持つことが大切だと考えます。

2018/12/27【クリスマス飾りも撤去する中国】

 中国では地方政府当局が市中のクリスマスの飾りを撤去するなど取り締まりを強化する動きがあります(※)。

 これは、中国政府がクリスマスをキリスト教と関連付けて、キリスト教が中国政府の管理を越えて広がることを恐れてのことと見られます。
 

 日本では、クリスマスは国民的イベント的色彩が強く、クリスマスの時期にキリスト教の教義に触れるような報道もあまり見られません。

 よって、日本人から見れば、中国政府のこうした取り締まりは、明らかに行き過ぎです。

 また、中国では、100万人にものぼるウイグル人を強制収容所に入れて、中国政府の都合のいい思想を植え付けようとしていますが、この動きの背景にはイスラム教の排斥があります。

 こうしたことから、中国政府が如何に宗教を恐れているかということが分かります。

 しかし、信教の自由が無いところには、他のあらゆる自由もありません。

 なぜならば、歴史的には信教の自由が確立し、それを受けて、集会、結社、言論など様々な自由が派生してきたからです。

 本報道を通して、中国政府は、自国民の身体の自由を奪うことができたとしても、心の自由を奪うことはできないという事実を受け入れる必要があると考えます。

 ※:12月26日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20181225/k10011759591000.html

2018/12/13【中国に本当の信教の自由を】

 中国共産党政府は、国内のキリスト教地下教会への弾圧を強めています。

 地下教会とは政府非公認の教会のことで、地下教会に所属する信者数は、1千万人とも2千万人以上とも言われています。

 今回、中国当局が地下教会の信者を100人以上連行したとのことです(※)。
 

 中国共産党とローマカトリックの総本山であるバチカンの法王庁は歴史的に対立してきましたが、今年、法王庁側が譲歩して関係を改善しました。

 具体的には、司教の人事で中国共産党が推す人物を法王庁が追認する形となり、法王庁の権威は大きく揺らいでいます。
 

 ですから、中国共産党による地下教会の弾圧は予想されたことでした。

 ある意味で、法王庁が、中国共産党が公認する教会のみにお墨付きを与えたことになるからです。
 

 中国共産党は無神論であることを公言しており、共産党員には信仰を持つことを事実上禁じています。

 その中国共産党が公認する宗教に入信したところで、本当に神仏に繋がる行為となるのでしょうか。
 

 そう考えると、中国共産党の支配が及ばない教会に所属して「信仰を守る」ということは、中国政府に反抗する行為になります。

 よって、中国では、共産党公認の宗教以外の信仰を持てばいつ逮捕されてもおかしくありません。

 中国共産党は、中国には信教の自由があるとしていますが、これでは明らかに信教の自由が無いということになります。
 

 民主主義の基礎には、信教の自由があります。

 信教の自由から、信仰を告白する自由としての表現の自由など様々な自由が派生してきたと言えるのです。

 国際社会は、中国に信教の自由を保障するよう強く求めていくべきです。

 特に日本政府はこの問題にもっと関心を払うべきではないでしょうか。

 ※:12月12日付産経新聞https://www.sankei.com/world/news/181212/wor1812120025-n1.html

2018/12/09【介護の現場こそ宗教心の大切さが必要】

 「改正出入国管理法」が成立し、外国人労働者の受け入れ拡大への道が開かれました。

 人手不足の業界の中には歓迎の声がある一方で、様々な懸念が残る中で拙速に成立した感があるだけに、その運用に当たっては今後も議論を深めていく必要がありそうです。
 

 
 人手不足が顕著な業界に介護分野がありますが、最近、認知症の方を抱えるご家族で、介護施設を利用している人に話を伺う機会がありました。

 その方は、施設の利用を申請してもなかなか空きが出ずに苦労した経験から、外国人材の登用で少しでも希望に沿う施設利用が可能になれば嬉しいと話しておられました。
 

 また、その方は本音として、ご家族が認知症であっても、愛する肉親はできるだけ身内で介護したいとも話しておられ、施設に預ける後ろめたさに似た感情も吐露されていました。

 確かに、家族や親せきの関係が濃密だった時代は、介護施設などはそんなに無かった訳ですから、現在でも世代間同居を推奨するなどすれば、介護問題を打開する糸口の1つになり得るでしょう。
 

 ただ、その方はこうした感情を介護相談員に打ち明けても、「そんなに気にすることは無い」と諌めてくれたものの、自分を納得させることができなかったと打ち明けてくれました。

 そうした中でその方は信仰に出会い、夫婦・親子の関係や認知症など難病などについての霊的な意味を知ったことで、介護者・被介護者ともに心の安定を保ちつつ前向きに介護ができるようになったと話しておられました。

 現実問題として、介護職員が信仰についてアドバイスすることは無いので、何かの機会にたまたま信仰に出会えたその方は幸運だったといえます。

 
 人手不足の問題と共に、とかく人生観や死生観が身近に感じられる介護や看護の現場こそ、信仰の大切さがもっと見直されるべきであると改めて実感しました。

2018/11/28【科学的探求と宗教的真理の融合が必要】

 中国の研究者がゲノム編集の技術を使って赤ん坊を誕生させたとして問題となっています。

 人間のDNAを対象としたゲノム編集は、DNAのどの部分を操作すればどうなるかある程度分かってきましたが、副作用や長期的な将来への影響など未解明の部分が多いため、臨床応用すべきではないとされるからです。
 

 つまり、ゲノム編集の現段階での臨床応用は生命倫理上問題があるということであり、「神の領域」に踏み込む行為だということです。
 

 ここで言う「神の領域」とは、現代科学では解明できていないという意味で用いられているのでしょうが、DNAという仕組みが、生命の進化の過程で偶然が積み重なってたまたま出来上がったと解釈するにはあまりにも奇跡的です。

 その意味では、文字通り創造主の御業と考えるべきではないでしょうか。
 

 今回、問題となっている研究者が、唯物論者なのか、それとも神仏への信仰を持っている人物なのかは不明ですが、仮に、唯物的な考えのもと研究を推し進めた結果であるならば、やはり危険な行為と言わざるを得ません。

 ゲノム編集は使い方によっては、医療に革新をもたらす技術になり得ますが、一方で、人間が神に成り代わって人間自身を唯物的にデザインするようなことになれば、そこには霊肉不一致による様々な問題が噴出してくることは確実です。
 

 ですから、医療の進歩の分野にも、科学的探求と宗教的真理の融和が不可欠であると言えます。

 人類の進歩のためには、人間は肉体を持つと同時に、その肉体の内に霊や魂といった高次なるものを宿す存在であるという基本的な事実を認識する必要があるのではないでしょうか。

2018/11/14【大谷選手の活躍が示すもの】

 大リーグエンジェルスの大谷翔平選手が、2位に大差をつけて新人王に選ばれました。

 既に日本球界で実績を積んだ選手が大リーグで新人王を取っても、何か日本球界が格下に見られているように感じる部分も正直ありますが、何はともあれ日本人としてうれしく思います。
 

 大谷選手の二刀流は、日本での入団当初、プロ野球関係者の多くが反対していましたが、自らの意志を貫いた大谷選手が、結果でそうした意見を跳ね除けたと言えます。

 もちろん反対した人は老婆心からだったのでしょうが、指導者としては、本人が単に願望を実現したいだけなのか、それとも本当に才能が隠れているのか、専門家であっても見極めることが大変難しいということも示したのではないでしょうか。

 ただ、前例に囚われないことが、新たなものを生み出す力につながことを証明した事例にもなりました。

 そして、忘れてならないのが大谷選手個人の努力の部分です。

 スター選手は華々しい活躍の場面が強調されがちですが、その裏には大変な努力の積み重ねがあります。

 
 大谷選手の目標を設定してコツコツと努力する姿勢は、高校時代から定評がありました。

 

 仏教には縁起の理法という言葉がありますが、努力の積み重ねが人生を成功に導くことは、どの分野でも共通した真理です。

2018/11/11【世界のスタンダード】

 ある紀行ドキュメンタリー番組で、日本人のテレビスタッフが、ギリシャのタクシードライバーに話を聞く場面がありました。

 ギリシャは経済的に苦しい状況が続いていますが、敬けんなギリシャ正教徒のそのタクシードライバーは、若くして不幸に遭う人もいれば大人になって不幸に遭う人もいるという旨のある種の“無常観”を語りました。

 それに対し日本人スタッフは、「それでも神を信じるんですか」と問いただしていました。
 

 この言葉を発した日本人スタッフの方に悪意は無かったと思いますが、そこには信仰を持つ人への無理解が現れているような気がしましたし、信仰が前提の国の人からすれば国際常識から逸脱しているように感じられたのではないでしょうか。

 「それでも神を信じるんですか」という言葉の裏には、「この世的な利益があれば信ずるし、なければ信じない」という損得勘定のみで判断するという価値観が現れているように思います。
 

 しかし、人間は生まれてくる前にあの世で人生計画を立て、人生の目的と使命を持って生まれてきます。

 そして、神仏の深遠な御心の前には、ちっぽけな人間の理解など及ぶはずもなく、だからこそ信仰者は全てを受け入れて日々を力強く生きていくのだという「信仰の優位」を自覚しています。

 これが世界の宗教のスタンダードです。

 
 ゆえに、世界の常識として、信仰に対する尊敬の念と、信仰者への正しい認識が必要です。

 
 日本のジャーナリストが、世界の信仰者から現世利益だけを追い求める野蛮人と思われないように配慮が必要だと感じたエピソードでした。

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