Archive for the ‘教育・思想’ Category

2017/04/26【政治家の資質は見抜けるのか】

 今村復興相が、自身の問題発言により辞任の意向を固めました。
言葉尻をつかまれた感はあるものの軽率な発言であることは否めず、過去の問題発言も重なり辞任に追い込まれました。

 安倍政権下では、閣僚や与党議員の問題発言や不倫など道徳的に不適切な行動が相次いでいます。
政権のおごりと言ってしまえばそれまでですが、そもそも有権者が選挙で投票する際に、その候補者が人間的にどういう人物か見抜くことがたいへん難しく、与党の候補者であるだけで当選してしまうということも問題の背景にあるのではないでしょうか。

 一方、幸福実現党は日本で唯一と言っていい本格的な宗教政党であり、その候補者は、信仰を大切にするとともに信仰を明らかにしています。
ですから、その候補者がどういう道徳心を持っているかが誰からも分かります。
例えば、誰も見ていないところでも常に神仏の眼前に恥じない行いをしようと心掛けるので、幸福実現党の政治家は裏と表がありません。

 こうした信頼感が、宗教色を薄めずに政治活動をする幸福実現党のメリットの一つになっているのではないでしょうか。
北朝鮮の危機が増大している中にあって、政治家の不祥事が相次ぐ状況を見るにつけ、国会に幸福実現党の議員が1人でも多く誕生する必要性を痛切に感じます。

2017/04/06【教育の無償化よりも大切なこと】

 民進・共産・自由・社民の野党4党は、市民団体との会合で、安全保障関連法の廃止・教育の原則無償化・原発ゼロなどを目指すことで一致しました(※1)。

 一致した項目もどれも耳触りはいいものの、国民の安全を脅かしたり、国力を弱めたりするものばかりです。
安全保障関連法や原発の必要性は、このブログでは度々取り上げたので、今回は教育の原則無償化の問題点について少し述べたいと思います。

 確かに、世界の中には大学までの教育費が実質無料の国が少なからずあり、日本でも実現すれば家計が助かるという人も多いでしょう。
しかし、低所得者層を対象とした教育費の支援策は既にあります。
ですから、全国民の教育を無償化する財源があるならば、無償化よりも教育の質の向上に充てるべきではないでしょうか。

 全国の中学校と高校で、英語教員の英語力を調べたところ、国の目標である英検準1級程度の力がある教員は、中学校が3割、高校では6割にとどまったとのことです(※2)。
 

 教員の方々には、自らの専門以外に担わなければならない様々な学校の業務などがあり、思うように自らを高める時間をとれないことは理解できますが、教員の能力に大きな差があるとすれば、子を持つ親としては少し心配になります。

 「教育は無償なんだから」というエクスキューズで、教育の質の向上がなおざりにされれば、ますます学校間で教育の水準に差が生じるのではないでしょうか。

※1:4月5日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20170405/k10010938441000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001
※2:同http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170405/k10010938071000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_015

2017/04/02【日本を弱体化させるために押し付けられたもの】

 森友学園問題に関連して、「教育勅語」が注目を集めています。
教育勅語は、戦前、教育の根幹をなすものとして発布され、親孝行や友人への信頼、学業の大切さなどの徳目が示されており、勅語とは天皇の言葉を意味します。

 教育勅語は、戦後、軍国主義の象徴と見なされ、国会においても否定する決議がなされています。
しかし、教育勅語が否定された背景には、日本を弱体化させたい連合国側の思惑があったことを見逃してはなりません。

 もともと教育勅語は欧米からも評価されており、教育勅語をもとに作られた「修身」という教科に対する評価も高かったと言われています。
それを、大戦中の日本軍や日本国民の抵抗の強さや我慢強さ、国に奉仕する心や団結心が、教育勅語から醸成されたと考えたGHQが、日本を弱らせるために否定したのです。

 ですから、戦前の教育にあった徳目の全てが、民主主義を否定したり、即、軍国主義に結びついたりするものではないのです。

 実際、戦後、国会で教育勅語が否定され、新たに教育基本法が制定されましたが、その教育基本の精神は教育勅語に強い敬意を払って成り立っていることを明らかにしている専門家もいるのです。

 戦後、連合国が日本を弱体化させるために押し付けたものは他にもありますが、その一つが宗教を教育から完全に排除したことです。
特定の宗派に偏る必要はないと思いますが、宗教的な考え方を完全に否定しては、道徳を教えることはできません。

 現行憲法をはじめ、現在の法制度の基になったものがどういう思惑で作られたのか、戦後70年を過ぎた現在、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

2017/03/22【他のマスコミはなぜ抗議しない!?】

 中国の全人代閉幕後の李克強首相の記者会見に、日本のマスコミの中で産経新聞だけが出席を拒否され、産経新聞は中国に対し強く抗議をしています。
これに対し、中国外務省は、産経新聞に対し「来年出席できるように努力しなさい」などと述べたとのことです(※)。

 中国は、中国共産党を批判的に報道する産経新聞が気に食わないと見え、外国のマスコミであっても圧力を加えることでコントロールしたい思惑が現れています。
また、産経新聞を見せしめにすることで、他の日本のマスコミに対しても同様にコントロールしたい思惑が見て取れます。

 産経新聞の抗議は当然として、報道機関の根源に関わるこの事件について、他の日本のマスコミはなぜもっと強く抗議しないのでしょうか。
例えば、NHKニュースや朝日新聞は、21日現在、それぞれのホームページ上で今回の件を検索しても何もヒットしません。
中国に関する情報が得られなくなるよりはマシなので、中国共産党の意向に配慮して記事を作成しているのでしょうか。

 そういえば、NHKの海外向け番組で、中国が侵略したチベットの話題など中国にとって都合の悪いニュースが放送される際、中国国内では番組がよくブラックアウトされますが、なぜか放送される直前にブラックアウトされることがしばしばであり、あたかも次の話題がそのニュースであることを中国当局が事前に把握しているように感じられたことを思い出します。

 上智大の渡部昇一先生は、以前、著書で、中国のニュースに関して日本で信じられるのは産経新聞だけだと述べていましたが、今では産経新聞とともに『ザ・リバティ』ではないでしょうか。

※:3月21日付産経新聞http://www.sankei.com/world/news/170321/wor1703210006-n1.html

2017/03/14【日本に期待される役割とは】

 サウジアラビアのサルマン国王が46年ぶりに来日し、安倍首相と首脳会談を行いました。
その中で、日本はサウジアラビアの進める脱石油依存への取り組みを一層支援することで合意しました。

 この合意に少し矛盾するようですが、原発の再稼動が進まない中で、火力発電に大きく依存する日本にとって産油国のサウジアラビアは重要な存在です。
そして、中東の大国であるサウジアラビアは、中東情勢の安定にとって重要な存在でもあります。

 そのサウジアラビアは、同じく中東の大国であるイランと長年に渡って対立関係にあります。
対立の背景にはイスラム教の宗派の違いが大きく関わっており、サウジアラビアはイスラム教スンニ派であるのに対し、イランはイスラム教シーア派です。

 日本は、イスラム教国家ではなく、またイスラム教と対立することが多いキリスト教の国でもなく、両国と友好関係があることから、しばしば、宗教的ではない立場から仲介役を期待されることがあります。

 しかし、宗教対立を無宗教の立場で根本的に和解させることはできません。
日本は公の場から宗教が追いやられて久しく、政治の場においても同様です。

 スンニ派とシーア派の対立、あるいはイスラム教とキリスト教の対立、こうした戦いに終止符を打つためには、寛容で多様な宗教観を生かしながら真の国際的正義を示す必要があります。
それができるのは、本格的な宗教政党との立場を明確にしている幸福実現党だけではないでしょうか。

2017/03/12【改めて霊的人生観の大切さを知る】

 東日本大震災から6年を迎えました。
お亡くなりになられた方のご冥福を改めて心よりお祈りするとともに、ご遺族の方には心よりお悔やみ申し上げます。

 東日本大震災では、死者・行方不明者が1万8千人余り、関連死を含めると2万2千人近くの方が犠牲になりました。
亡くなられた方ご本人には無念の思いがあったと思いますし、ご遺族の方の中には、震災から6年が経過してなお、愛する人の死を受け入れられない方も少なくないと聞きます。

 また、余りにも多くの方が亡くなった東日本大震災では、家族や知り合いに犠牲者がいなくても、「死」いうものを考えさせられる機会になったという方も多いのではないでしょうか。

 やはり、霊的人生観の大切さを改めて感じます。
正しい霊的な知識を持つことができれば、「この世」と「あの世」のことが理解でき、漠然とした死の恐怖から逃れることができ、前向きな生き方に繋がります。

 日本人は、霊的な考え方や宗教的な考え方を裏側に閉じ込めようとする傾向がありますが、震災を契機にしてそうした考え方の有用性を見直す動きが広がっています。

 「人間の本質は、神仏によって創られた霊的存在であり魂である。
この世に生まれ、さまざまな経験を通じてつかんだ学びを持ってあの世に還る。
その繰り返しのなかで、人間は魂の向上を目指している」という人生観を持つことが大切であると考えます。

2017/02/21【この国のあるべき姿】

 衆参両院の正副議長は、天皇陛下の生前退位に関して、与野党の会派から意見を聴取しました。

 その中で、共産党は「日本国憲法の根本精神でもある『個人の尊厳』という考え方に照らせば、どんなに高齢になっても仕事を続けるよう求める在り方は改革が必要で、退位を認めるべきだ」とし、皇室典範を改正して生前退位を恒久化すべきとの考えを示しました(※)。

 生前退位を恒久制度化することに肯定的な考え方の本質がここに現れているように思えます。

 一見、「天皇陛下個人の尊厳を守る必要がある」と言っているようであり、もっともな考え方に聞こえますが、結局は、「天皇も一般の国民も皆平等」と言っているに等しいのではないでしょうか。

 これは、天皇という存在を貶めているようなものです。
「戦後、天皇は人間宣言を行ったので、天皇であっても一般の国民と変わらない」という考えがあるかもしれませんが、象徴としての天皇の存在は、首相や大臣、ましてや社長や役員のような「一ポスト」のような存在ではないということを確認すべきではないでしょか。

 天皇の地位が、いつでも退位できるようになれば、それだけ地位の重みが薄れ、時を経る毎に国民からの尊崇の念も薄れていってしまうのは確実です。
そうなれば、いくら制度を変えようと、現在、2千年以上も続くとされる皇室の伝承も危ぶまれます。

 ご高齢の今上陛下を気遣う国民の気持ちは理解できますが、生前退位に関しては、今一度、慎重な議論を望みたいと思います。

※:2月20日付NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20170220/k10010883001000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_007
【参考】:大川隆法著『天照大神の神示 この国のあるべき姿 聞き手 大川咲也加』幸福の科学出版http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1810

2017/02/08【学問の自由を脅かす天下り】

 衆議院予算委員会で文科省の天下り問題についての集中審議が行われました。
この中で参考人として招致された前事務次官は、文科省の組織的な関与を認めました。

 文科省に限らず官僚の天下りは、予てから問題となっており、事実上、定年前に退職を迫られる慣例などが、天下りの背景にあると指摘されています。
 

 しかし、文科省の天下りは、利害関係のある大学等の教育機関に再就職することで、「学問の自由」を脅かす恐れがあるという点で更に悪質です。
文科省からのOBは、補助金の獲得など再就職先で影響力を行使することで、例え私立学校であっても、文科省の強い影響下に置くことができます。

 最近も、文科省は、大学入試改革の一環として、各大学に対し入学者の受け入れ方針や卒業方針の策定を義務付け、政府主導による画一的な学生の入学や卒業に繋がるものとして問題になりました。

 このように「学問の自由」とは裏腹に、教育の場で政府の介入を強める傾向が強く出ているのではないでしょうか。
今こそ、教育の場にも、規制緩和などを通して、自由の中から発展を目指す新たな発想が必要と考えます。

2016/12/30【慰霊の意味とは】

 安倍首相は、ハワイを訪れて真珠湾で慰霊を行いましたが、先の大戦で散った数多くの御霊が祀られている靖国神社には、近年、参拝していません。
 

 なぜ真珠湾で慰霊ができて自国の靖国神社には参拝しないのか、安倍首相は批判にさらされています。
 

 こうした批判を和らげるためか、閣内から稲田防衛相が靖国神社を参拝しました。
本来であれば安倍首相自身が参拝すべきですが、稲田氏の参拝には一定の評価ができます。

 しかし、参拝後の稲田氏の記者会見で、少し気になることがありました。
記者会見の内容が全て明らかになっている訳ではないと思いますが、報道されている限りでは、稲田氏は、今回の参拝を「祖国のために命をささげた方々に対し、感謝と敬意と追悼の意を表す」ためとしています。

 首相の真珠湾訪問では、各種マスコミも「慰霊」という言葉を使いましたが、「慰霊」とは文字通り「霊を慰めること」であり、この世を去った霊や魂といった存在が前提です。

 一方、稲田氏が言及した「感謝」「敬意」「追悼」といった言葉は、それぞれが慰霊に繋がる行為ではあるものの、霊や魂といった存在が前提ではなくとも成立する行為です。
稲田氏は、過去に「英霊」という言葉を使っているので、「慰霊」という認識もあるのかもしれませんが、今回は唯物的にも取れる表現なので少し気になりました。

 世の中では「慰霊」という言葉に代えて「追悼」という言葉を充てることも散見されますが、追悼とは、生前を偲ぶことであり、唯物的な枠内に留めることも可能な表現です。
一方、慰霊とは、極めて宗教的な行為であることがわかります。

 こうしたことからも、実は政治と宗教は切っても切れない間柄であることが分かると思います。

2016/12/07【医療現場にも霊的人生観を】

 病院を訪問する機会があり、高齢のお年寄りが数多く入院する病棟で、何人かの方とお話しをしました。
重い病気の渦中にあって、前向きに生きる患者さんやそのご家族に胸を打たれることもありましたし、深刻な病状に沈鬱な気持ちを隠せず悲嘆にくれる方もいらっしゃいました。

 この時、強く感じたのは、やはり霊的人生観の大切さです。
霊的人生観とは、「人間の本質は、神仏によって創られた霊的存在であり、魂である。この世に生まれ、さまざまな経験を通じてつかんだ学びを持って、あの世に還る――その繰り返しのなかで、人間は魂の向上を目指している」という真の人生観のことです。

 こうした人生観を持つことで、救われる患者さんやそのご家族は多いはずです。
しかし、こうした人生観を基づいてケアが行われている医療機関や福祉施設はほとんどないと聞きます。
なぜなら、霊的人生観に関しては、あくまでも個人の信仰の問題であると考えられているからのようです。

 一方で、唯物的な論理で構成されている現代医学の中にあって、信仰を持つことが医学的に良好な治療結果をもたらすことも分かってきています。
幸福実現党は、霊的人生観に基づき、生命倫理に関する啓発活動に取り組み続けています。
特定の宗教を強要することはありませんが、幸福実現党の政策を実行することで、医療や福祉の現場でも変革がもたらされると信じるものです。

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