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2017/11/17【為政者が唯物論のもとで政をすると】

 お葬式を挙げない人が増えているという話を聞きます。

 「式の代金はバカにならないし、式そのものに積極的な意味を見いだせないから、お別れ会のような催しを開いて、後はお骨を海に撒いて終わりにする。故人を偲びたい時は海を見に来て下さい」等の意見もあるようです。

 時代の流れと言えばそれまでかもしれませんが、こうした傾向には、人間の“魂の尊厳を失いかねない”危惧の念を抱きます。
なぜならば、いわゆる「ゼロ葬」なるものは、無霊魂説に繋がりかねず、死んでしまえば何もかも終わりという唯物的な考えに至るからです。

 唯物論のもとでは、刹那的に、あるいは享楽的に生きる人が増えかねません。

 また、共産主義の歴史が物語っているように、為政者が唯物論のもとで政をすれば、魂の尊厳や、人権が軽んじられ、国民を機会や物のように扱いかねません。
スターリンにしろ、毛沢東にしろ、ポル・ポトにしろ、共産主義のもと多くの命が失われました。

 やはり、正しい信仰心に基づいた霊的人生観を持つことが、よりよき人生を生きるためには不可欠だと思います。
だからこそ、人類の歴史から宗教が消えた時代は無いのだと納得ができます。

 幸福実現党は、幸福の科学を支持母体としてはいますが、他の宗教に対しても寛容を旨としています。
宗教はどの宗派であろうと、基本的には霊的な存在を前提としているものです。

 是非、お葬式の意義を見直して、生と死を繋ぐ儀式を大切にして頂きたいと思います。